・・・ 肺病を苦にして自殺をしようと思い、石油を飲んだところ、かえって病気が癒った、というような実話を例に出して、男はくどくどと石油の卓効に就いて喋った。「そんな話迷信やわ」 いきなり女が口をはさんだ。斬り落すような調子だった。 ・・・ 織田作之助 「秋深き」
お手紙によりますと、あなたはK君の溺死について、それが過失だったろうか、自殺だったろうか、自殺ならば、それが何に原因しているのだろう、あるいは不治の病をはかなんで死んだのではなかろうかと様さまに思い悩んでいられるようであり・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・ 今や僕の力は全く悪運の鬼に挫がれて了いました。自殺の力もなく、自滅を待つほどの意久地のないものと成り果て居るのです。 如何でしょう、以上ザッと話しました僕の今日までの生涯の経過を考がえて見て、僕の心持になって貰いたいものです。これ・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・ しかしそれはわれわれが行為決定の際の倫理的懐疑――それは頭のしんの割れるような、そのためにクロポトキンの兄が自殺したほどの名状すべからざる苦悩であるが――から倫理学によって救済されんことを求めるからであって、そのほかの観点からすれば、・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・むしろ、これらの作家の小説と並んでその傍に、二、三行で報道されている、××の仕打ちに憤慨して銃を自分の口にあてゝ足で引金を踏んで自殺したという兵卒の記事の方が、はるかに深い暗示に富んでいる。 ただ、ブルジョアジーが、その最初の戦争からし・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・窮迫のために自殺する。今の人間の命の火は、油がつきて滅するのでなくて、みな烈風に吹き消されるのである。わたくしは、いま手もとに統計をもたないけれど、病死以外の不慮の横死のみでも、年々幾万にのぼるか知れないのである。 鰯が鯨の餌食となり、・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・その写真には、不実ではないが、いかにも女らしい浅薄さで、相手の男と自分自身の本当の気持に責任を持たない女のためにまじめな男がとうとう自殺することが描かれていた。そしてそういう女の弱点がかなり辛辣にえぐられていた。龍介は自分自身の経験がもう一・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・北村君が最初の自殺を企てる前、病いにある床の上に震えながらも、斯ういう豪語を放っていたという事は、如何にも心のひるまなかった証拠であると思う。文学界へ書くようになってからの北村君は、殆んど若い戦士の姿で、『人生に相渉るとは何ぞや』とか『頑執・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・にっと可愛く微笑してみたり、ふっくらした白い両足を、ヘチマコロンで洗って、その指先にそっと自身で接吻して、うっとり眼をつぶってみたり、いちど、鼻の先に、針で突いたような小さい吹出物して、憂鬱のあまり、自殺を計ったことがある。読書の撰定に特色・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・最後の場面で自殺したナナが二人の男の手を握って二人の顔を見比べながら涙の中からうれしそうに笑って死んで行くところなどもやはりどうしても女らしいインタープレテーションだと思われておもしろかった。 十一 電話新選組 一種・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
出典:青空文庫