・・・ず、登勢は泣声が耳にはいると、ただわけもなく惹きつけられて、ちょうどあの黙々とした無心に身体を焦がしつづけている螢の火にじっと見入っている時と同じ気持になり、それは何か自分の指を噛んでしまいたいような自虐めいた快感であった……。 赤児の・・・ 織田作之助 「螢」
・・・自分が感じている明るくなさや、ひとも自分も信じがたさを、刺戟し、身ぶるいさせる自虐的な快感でひきつけられているのだと思う。 ここで、再びわたしたちは、文学にふれてゆく機会が偶然であるという事実と、ある文学にひきつけられるモメントの問・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・どこでいつ行われようと無慙、野蛮でしかありようない現代のおそろしい兵器による戦争そのものがとりのぞかれようとしないならば、それにつづく事態ばかりをせめることは、歴史の発展のない、民族的自虐でさえある。歴史の現実にたいしてはっきりと目を開いて・・・ 宮本百合子 「ことの真実」
・・・対する人間的弱さ、箇性の再発見、インテリゲンツィア・小市民としての出生への再帰の欲望などが内的対立として分裂の形で作品にあらわれ、傷いた階級的良心の敏感さは、嘗てその良心の故に公式的であったものが今や自虐的な方向への拍車となりはじめた。・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・ それから最後に、今日一種の魅力になっている傾向に、懐疑的な、自分にたいするサディスティックな自虐的な追求をとおして、人間性の再確認と正義の建設への意企を表現しようとする試みがされています。そういうグループの作家の語彙には非常に「苦悩」・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・こんにちエロティックな文学、グロテスクな文学、自虐的な文学、それぞれが、このがたぴしした資本主義社会生活の矛盾そのものの中に自分をらくに流してゆく溝をもっている。これに反して、新しい人間生活のために暗渠をつくり、灌漑用水を掘り、排水路をつけ・・・ 宮本百合子 「その柵は必要か」
・・・そこにつとめながら、そこの仕事を批判していた消極的な自虐性は、平野氏の心理に痼疾的なぐりぐりをこしらえたかのようだ。民主的政治にも、民主的文学にも、おしなべて懐疑的であり、それを存在意義としている氏が、一人の作家に対して、何か癇にさわってい・・・ 宮本百合子 「孫悟空の雲」
出典:青空文庫