・・・この時エマソンはホイットマンに向かって恩恵の主たることを自負しうるものだろうか。ホイットマンに詩人がいなかったならば、百のエマソンがあったとしても、一人のホイットマンを創り上げることはできなかったのだ。ホイットマンは単に自分の内部にある詩人・・・ 有島武郎 「想片」
・・・緑雨が世間からも重く見られず、自らも世間の毀誉褒貶に頓着しなかった頃は宜かったが、段々重く見られて自分でも高く買うようになると自負と評判とに相応する創作なり批評なりを書かねばならなくなるから、苦しくもなり固くもなった。同時に自分を案外安く扱・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・ 少し作家的反省と自負とがあるならば、これは、単に、資本家の意図にしかすぎないことを知るのである。真の大衆は、最も彼等の生活に親しみのある。いろ/\な真実の言葉を聞こうと欲するにちがいない。常識にまで低下して、何等の詩なく、感激なき作品・・・ 小川未明 「作家としての問題」
・・・ 日蓮のかような自負は、普遍妥当の科学的真理と、普通のモラルとしての謙遜というような視角からのみみれば、独断であり、傲慢であることをまぬがれない。しかし一度視角を転じて、ニイチェ的な暗示と、力調とのある直観的把握と高貴の徳との支配する世・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・けれども、決して、これまでの日本の農民生活を、十分にその特殊性において、さま/″\な姿で描き得ていると自負することは出来ない。凡、事実は反対に近い。むしろ、払われた努力があまりにすくなかった。農民の生活は従来、文学に取りあげられた以上にもっ・・・ 黒島伝治 「農民文学の問題」
・・・ ここまでの文章には私はゆるがぬ自負を持つ。困ったのは、ここからの私の姿勢である。 私はこの玩具という題目の小説に於いて、姿勢の完璧を示そうか、情念の模範を示そうか。けれども私は抽象的なものの言いかたを能う限り、ぎりぎりにつつしまな・・・ 太宰治 「玩具」
・・・私は、友人たちの仲では、日本の古典を読んでいるほうだとひそかに自負しているのであるが、いまだいちども、その古典の文章を拝借したことがない。西洋の古典からは、大いに盗んだものであるが、日本の古典は、その点ちっとも用に立たぬ。まさしく、死都であ・・・ 太宰治 「古典竜頭蛇尾」
・・・おのれの愛情の深さのほどに、多少、自負もっていたのが、破滅のもと、腕環投げ、頸飾り投げ、五個の指環の散弾、みんなあげます、私は、どうなってもいいのだ、と流石に涙あふれて、私をだますなら、きっと巧みにだまして下さい、完璧にだまして下さい、私は・・・ 太宰治 「創生記」
・・・ 自分は、かつて聖書の研究の必要から、ギリシャ語を習いかけ、その異様なよろこびと、麻痺剤をもちいて得たような不自然な自負心を感じて、決して私の怠惰からではなく、その習得を抛棄した覚えがある。あの不健康な、と言っていいくらいの奇妙に空転し・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・三つには、杉浦透馬に見込まれたという自負である。見込まれて狼狽閉口していながらも、杉浦君のような高潔な闘士に、「鶴見君は有望だ」と言われると、内心まんざらでないところもあったのである。何がどう有望なのか、勝治には、わけがわからなかったのであ・・・ 太宰治 「花火」
出典:青空文庫