・・・ ザーッ、ザッと鋪道を洗い、屋根にしぶいて沛然と豪雨になった。「ふーゥ、たすかった!」「これでいい。いい塩梅だ!」「これだけ降っちゃデモれないからな」 彼等は、上野の山で解散したデモのくずれが、各所で狼火のような分散デモ・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・こうやって彼等と同じテムポで同じ鋪道を歩いている自分が、この社会の生活の意味と値うちをこんなに理解し愛している自分が、実は彼等と全く違ったもので、どんな具体的な組合わせにもあみこまれていない存在であるというのはどういうことであろう。 こ・・・ 宮本百合子 「坂」
・・・ 明るく西日のさす横通りで、壁に影を印しながら赤や碧の風船玉を売っていた小さい屋台も見えなくなった。何処からとなく靄のように、霧のように夕暮が迫って来た。 舗道に人通りがぐっと殖え、遙か迄見とおしのきいていた街路の目路がぼやけて来た・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・ やや蒲鉾なりの広い車道に沿うて、四方に鋪道が拡っていた。 東側の右角には、派手なくせに妙に陰気に見える桃色で塗った料理店の正面。左には、充分光線の流れ込まない、埃っぽく暗い裁縫店の大飾窓。板硝子の上の枠に、ボウルドフェイスの金文字・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・ ずっと歩いていて、煙草のすいガラをパッとすてた、火の粉が暗い舗道の上に瞬間あかるくころがる。 夕暮。もう家のなかはすっかりくらい。留守で人の居ない庭へ面してあけ放たれている さっぱりした日本間。衣桁の形や椅子の脚が、逆光線・・・ 宮本百合子 「情景(秋)」
・・・ 工場を出て、鋪道を半丁ほど来ると、ロシアらしい木の柵にかこまれ、白樺が庭に生えた煉瓦だての小ざっぱりした建物がある。 トントンとのぼる石段の入口が二つある。一つには「乳児入口」、もう一つには「学齢以前児童」と札が出ている。 入・・・ 宮本百合子 「砂遊場からの同志」
・・・それでも、穿きなれた、歩き心地のよい下駄で、午後の乾いた銀座の鋪道を歩いて行くと、私は愉快になり、幸福にさえなった。一体昼の銀座は夜とはまるで違う。燈火が灯ってから彼処を散歩すると、どの店も派手で活気があり、散策者と店員等を引くるめてあの辺・・・ 宮本百合子 「粗末な花束」
・・・ 執筆小説「鋪道」を『婦人之友』に連載中、検挙によって中絶。一九三三年二月二十日。小林多喜二が築地署で拷問虐殺された。通夜の晩に小林宅を訪問して杉並署に連れてゆかれたが、その晩はもう小林の家から何人かの婦人・・・ 宮本百合子 「年譜」
・・・云ってみれば、雪も深々とつもり、ぐるりの人は作者の水準からみれば愚かしくも親愛にめいめいの生存の線を太くひっぱって暮していたところから根をこいで来た都会では、舗道を荒っぽく洗って流れる雨と風とに、根の土も洗われる感覚で、作品の世界の幻想を作・・・ 宮本百合子 「文学と地方性」
・・・彼は美しいものには何ものにも直ちに心を開く自由な旅行者として、たとえば異郷の舗道、停車場の物売り場、肉饅頭、焙鶏、星影、蜜柑、車中の外国人、楡の疎林、平遠蒼茫たる地面、遠山、その陰の淡菫色、日を受けた面の淡薔薇色、というふうに、自分に与えら・・・ 和辻哲郎 「享楽人」
出典:青空文庫