・・・眺望のこれと指して云うべきも無けれど、かの市より此地まであるいは海浜に沿いあるいは田圃を過ぐる路の興も無きにはあらず、空気殊に良好なる心地して自然と愉快を感ず。林長館といえるに宿りしが客あしらいも軽薄ならで、いと頼もしく思いたり。 三十・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・査閲がすんで、査閲官の老大佐殿から、今日の諸君の成績は、まずまず良好であった。という御講評の言葉をいただき、「最後に」と大佐殿は声を一段と高くして、「今日の査閲に、召集がなかったのに、みずからすすんで参加いたした感心の者があったという事・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・火の伝播がいかに迅速であるとしても、発火と同時に全館に警鈴が鳴り渡りかねてから手ぐすね引いている火災係が各自の部署につき、良好な有力な拡声機によって安全なる避難路が指示され、群集は落ち着き払ってその号令に耳をすまして静かに行動を起こし、そう・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・ 場内の通風はあまり良好でないのか、傍聴席の空気は甚だ不純なようであった。 傍聴者は、みんな非常に真面目に黙って一心に下を覗き込んでいた。そういう人達の顔を見ると、下にはかなり真面目な重大な事柄が進行しているという事が分るような気が・・・ 寺田寅彦 「議会の印象」
・・・従来の盲探しの手数のかかる方法に代わるに簡単で確実な合理的方法を考案してこれを実地に応用し良好の成績を収めた。現在我邦でおよそ汽船を造っている限りの工場で君の方法の行われていないところはないそうである。これと似た問題としては電気扇の振動や雑・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・ 赤ん坊はずっと良好で三十日のお七夜には健之助という名がつきました。そちらの御意見がみんなに同感されて、次郎、三郎はお廃し、ということになりました。なかなかしっかりしたよい名で好評です、合作ですね。 今日寿江子が帰ります、そちらに行・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 現在の世界の文明が到達している技術と資源開発の程度でさえも、地球は今日の全人口の四倍を、それも良好な生活水準で維持することが出来ると、学者は云っているそうだ。それだのに、今日世界の大部分がひどい食料制限をして、私たちはさつまいもを買う・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・ 又たとい、如何程経済状態は良好であるにしろ、今日、そう云う階級に属すあらゆる人々が、彼等の被雇人に対して、全く彼我を忘れた愛で、十年十五年の医療費を提供すると思えるでしょうか。 死ぬにまで、苦々しい施恩と卑下に縛られなければならな・・・ 宮本百合子 「ひしがれた女性と語る」
出典:青空文庫