・・・夢の話と色恋の話くらい、聞いていてつまらないものはない。(そこで自分は、「それは当人以外に、面白さが通じないからだよ。」と云った。「じゃ小説に書くのにも、夢と色恋とはむずかしい訳だね。」「少くとも夢なんぞは感覚的なだけに、なおそうらしい・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・女房もちの銭なしが当世色恋の出来ない事は、昔といえども実はあまりかわりはない。 打あけて言えば、渠はただ自分勝手に、惚れているばかりなのである。 また、近頃の色恋は、銀座であろうが、浅草であろうが、山の手新宿のあたりであろうが、つつ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・鵜の啣えた鮎は、殺生ながら賞翫しても、獺の抱えた岩魚は、色恋といえども気味が悪かったものらしい。 今は、自動車さえ往来をするようになって、松蔭の枝折戸まで、つきの女中が、柳なんぞの縞お召、人懐く送って出て、しとやかな、情のある見送りをす・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・よし色恋の感情は別としても、家じゅう気をそろえて働けば互いに心持ちよく、いわゆる一家の和合からわき起こる一種の愉快もまたはなはだ趣味の深いものである。 省作が片肌脱いで勢いよく鎌をとぎ始めれば、兄夫婦の顔にもはやむずかしいところは少しも・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ 姉はただもう涙を流し、若い者の阿呆らしい色恋も、ばかにならぬと思い知る。 太宰治 「犯人」
・・・稽古唄の文句によって、親の許さぬ色恋は悪い事であると知っていたので、初恋の若旦那とは生木を割く辛い目を見せられても、ただその当座泣いて暮して、そして自暴酒を飲む事を覚えた位のもの、別に天も怨まず人をも怨まず、やがて周囲から強られるがままに、・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・特に封建性のつよい日本において或る時期ブルジョア・インテリゲンツィアの婦人作家が、色恋を描かず、男の美を作品の中に描き得ないのは、まことに当然である。 性的アドーレーションは人的アドーレーションなしに不可能であるから。 野上彌生子の・・・ 宮本百合子 「婦人作家は何故道徳家か? そして何故男の美が描けぬか?」
・・・進歩的な若い文学者などが、新しい生活への翹望とその実現の一端として、自分たちの恋愛を主張し、封建的な男女の色恋の観念を破って、人間的な立場と文化の新生面の展開の立場で、男女の人格的結合からの恋愛と結婚とをいったのであった。 ヨーロッパで・・・ 宮本百合子 「若き世代への恋愛論」
出典:青空文庫