・・・ 海老原はマダムに色目を使いながら言った。私は黙った。口をひらけば「しかしあんたには十銭芸者の話は書けまい」と嫌味な言葉が出そうだったからだ。ひとつには、海老原の抱いている思想よりも彼の色目の方が本物らしいと、意地の悪い観察を下すことに・・・ 織田作之助 「世相」
・・・それでも、兄は誇の高いお人でありますから、その女の子に、いやらしい色目を使ったり、下等にふざけたりすることは絶対にせず、すっとはいって、コーヒー一ぱい飲んで、すっと帰るということばかり続けて居りました。或る晩、私とふたりで、その喫茶店へ行き・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・と言わぬばかりの色目をつかい、そうして、その激昂の相手に対し、「いや、わるかったよ、あやまるよ、お辞儀をします」など言ってるのを見かけることがあるけれども、あれは、まことにイヤミなものである。卑怯だと思う。あんな態度に出られたら、悲憤の男は・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・するとゆっくりと俥から降りて来たのは黄金色目玉あかつらの西根山の山男でした。せなかに大きな桔梗の紋のついた夜具をのっしりと着込んで鼠色の袋のような袴をどふっとはいておりました。そして大きな青い縞の財布を出して、「くるまちんはいくら。」と・・・ 宮沢賢治 「紫紺染について」
出典:青空文庫