・・・中には余り狼狽したはずみに、路ばたの花壇へ飛びこんだのもあります。白は二三間追いかけた後、くるりと子犬を振り返ると、叱るようにこう声をかけました。「さあ、おれと一しょに来い。お前の家まで送ってやるから。」 白は元来た木々の間へ、まっ・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・なるほど入院したてには燃えるように枝を飾っていたその葉が一枚も残らず散りつくして、花壇の菊も霜に傷められて、萎れる時でもないのに萎れていた。私はこの寂しさを毎日見せておくだけでもいけないと思った。然し母上の本当の心持はそんな所にはなくって、・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ やがて停車場へ出ながら視ると、旅店の裏がすぐ水田で、隣との地境、行抜けの処に、花壇があって、牡丹が咲いた。竹の垣も結わないが、遊んでいた小児たちも、いたずらはしないと見える。 ほかにも、商屋に、茶店に、一軒ずつ、庭あり、背戸あれば・・・ 泉鏡花 「七宝の柱」
・・・門まで僅か三四間、左手は祠の前を一坪ばかり花壇にして、松葉牡丹、鬼百合、夏菊など雑植の繁った中に、向日葵の花は高く蓮の葉の如く押被さって、何時の間にか星は隠れた。鼠色の空はどんよりとして、流るる雲も何にもない。なかなか気が晴々しないから、一・・・ 泉鏡花 「星あかり」
・・・春の日なので、いろいろの草花が、花壇の中に咲いています。その花の名などを、二人が話し合っています。ふとんの外へ出ている顔に、やさしいほほえみが浮かんでいます。この姉のほうの子は、いま幸福であります。」と、やさしい星は答えました。「男の子・・・ 小川未明 「ある夜の星たちの話」
・・・「うちの花壇のが、咲いたからいってみましょうよ。」と、光子さんは、きよをつれて、お庭へ出ました。 やまゆりの花が、脊高く、みごとに開きました。きんせんかや、けしの花も、美しく咲いていました。きよは、やさしいお嬢さんのことを、国の妹に・・・ 小川未明 「気にいらない鉛筆」
このごろ毎日のように昼過ぎになると、黒いちょうが庭の花壇に咲いているゆりの花へやってきます。 最初、これに気がついたのは、兄の太郎さんでした。「大きい、きれいなちょうだな。小鳥ぐらいあるかしらん。弟が見つけたら、きっとつかまえ・・・ 小川未明 「黒いちょうとお母さん」
・・・そんなにちょうがたくさんいて、どの圃にも、どの花壇にも、いっぱいで、みつを吸うばかりでなく卵を産みつけたとしたら。たちまち、若木は坊主となり、野菜の葉は、穴だらけになってしまう。そうなってもちょうをきれいだなどというのは、ただふらふらしてい・・・ 小川未明 「冬のちょう」
・・・私は、綴方の事は、きれいに忘れて、学校から帰ると、花壇の手入れ、お使い、台所のお手伝い、弟の家庭教師、お針、学課の勉強、お母さんに按摩をしてあげたり、なかなかいそがしく、みんなの役にたって、張り合いのある日々を送りました。 あらしが、や・・・ 太宰治 「千代女」
・・・庭のまんなかに、一坪くらいの扇型の花壇ができて在るのだ。そろそろと秋冷、身にたえがたくなって来たころ、「庭だけでも、にぎやかにしよう。」といつか私が一言、家人のいるまえで呟いたことのあるのを思い出した。二十種にちかき草花の球根が、けさ、私の・・・ 太宰治 「めくら草紙」
出典:青空文庫