・・・ こんな事を考えたのが動機となって、ふと大根が作ってみたくなったので、花壇の鳳仙花を引っこぬいてしまってそのあとへ大根の種を蒔いてみた。二、三日するともう双葉が出て来た。あの小さな黒の粒の中からこんな美しいエメラルドのようなものが出て来・・・ 寺田寅彦 「鸚鵡のイズム」
・・・ 堅吉は二三年前に今の家に引っ越してから裏庭へ小さな花壇のようなものを作って四季の草花などを植えていた。去年の秋は神田の花屋で、チューリップと、ヒアシンスと、クロッカスとの球根を買って来て、自分で植えもし、堀り上げもしたので、この三つの・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・ 話はちがうが、せんだって日比谷で「花壇展覧会」というものがあった。いろいろのばらがあった中に、柱作りの紅ばらのみごとなのが数株並んでいた。燃えるような緋紅色の花と紫がかった花とがおもしろく入り交じって愉快な見ものであった。なんという名・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・去年の暮れに病気して以来は、ほとんど毎日朝から晩まで床の中で書物ばかり読んでいたが、だんだん暖かくなって庭の花壇の草花が芽を吹き出して来ると、いつまでも床の中ばかりにもぐっているのが急にいやになった。同時に頭のぐあいも寒い時分とは調子が違っ・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・塔の屋根へ登って見おろすと、寺の前の広場の花壇がきれいな模様になっている事がよくわかった。しかし寺院はやっぱり下から見るものだと思う。 ダヴィンチの像の近くのある店先に日本の水中花を並べてあった。それには Fiori magica とい・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・この中庭の方は、垣に接近して小さな花壇があるだけで、方三間ばかりの空地は子供の遊び場所にもなり、また夏の夜の涼み場にもなっている。 この四つ目垣には野生の白薔薇をからませてあるが、夏が来ると、これに一面に朝顔や花豆を這わせる。その上に自・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・宅の花壇へいろいろの草花の種をまいてみるようなものである。そのうちで地味に適応したものが栄えて花実を結ぶであろう。人にすすめられた種だけをまいて、育たないはずのものを育てる努力にひと春を浪費しなくてもよさそうに思われる。それかといって一度育・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・他の一友は更に傍より、花壇に花のないのは、あるべき筈のものが在るべき処にないのだ。之を看てよろこぶのは奇中の奇を探るもの。世には風流を解しないものも往々この奇を知る。と言出したので、一同おぼえず笑って座を立った。昭和二年六月草・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・あまあがりや、風の次の日、そうでなくてもお天気のいい日に、畑の中や花壇のかげでこんなようなさらさらさらさら云う声を聞きませんか。「おい。ベッコ。そこん処をも少しよくならして呉れ。いいともさ。おいおい。ここへ植えるのはすずめのかたびらじゃ・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・ 向うの葵の花壇から悪魔が小さな蛙にばけて、ベートーベンの着たような青いフロックコートを羽織りそれに新月よりもけだかいばら娘に仕立てた自分の弟子の手を引いて、大変あわてた風をしてやって来たのです。「や、道をまちがえたかな。それとも地・・・ 宮沢賢治 「ひのきとひなげし」
出典:青空文庫