・・・奥州……花巻より十余里の路上には、立場三ヶ所あり。その他はただ青き山と原野なり。人煙の稀少なること北海道石狩の平野よりも甚し。 と言われたる、遠野郷に、もし旅せんに、そこにありてなおこの言をなし得んか。この臆病もの覚束なきな・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・郡山、好地、花巻、黒沢尻、金が崎、水沢、前沢を歴てようやく一ノ関に着す。この日行程二十四里なり。大町なんど相応の賑いなり。 十八日、朝霧いと深し。未明狐禅寺に到り、岩手丸にて北上を下る。両岸景色おもしろし。いわゆる一山飛で一山来るとも云・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・三田君は岩手県花巻町の生れで、戸石君は仙台、そうして共に第二高等学校の出身者であった。四年も昔の事であるから、記憶は、はっきりしないのだが、晩秋の一夜、ふたり揃って三鷹の陋屋に訪ねて来て、戸石君は絣の着物にセルの袴、三田君は学生服で、そうし・・・ 太宰治 「散華」
出典:青空文庫