・・・濃く香しい、その幾重の花葩の裡に、幼児の姿は、二つながら吸われて消えた。 ……ものには順がある。――胸のせまるまで、二人が――思わず熟と姉妹の顔を瞻った時、忽ち背中で――もお――と鳴いた。 振向くと、すぐ其処に小屋があって、親が留守・・・ 泉鏡花 「若菜のうち」
・・・其焼たての香しい香が戸外までぷんぷんする。其焼く手際が見ていて面白いほどの上手である。二人は一寸と立てみていた、「お美味そうねエ」とお富は笑って言った。「明朝のを今製造えるのでしょうねエ」とお秀も笑うて行こうとする、「ちょっと御・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・そして奇麗に傷口を洗ってやって、その上、傷口へ二三度香しい息を吹きかけてやって云いました。「さあ、ゆるゆる歩いて明るいうちに早くおうちへお帰りなさい。これからこんな事をしてはいけません。王様はみんなご存じですよ。」 大烏はすっかり悄・・・ 宮沢賢治 「双子の星」
・・・晩秋に芳しいさんまを、豆にかえて、戦場の人々を偲びながら子供らに食べさせる物価騰貴時代の主婦の耳に、酒、タバコ、絹は十分につかえと聞いても、何かそこには日々の生活のやりくりとは離れた遠い、だが苦しい響があるのである。 ヒロイックな生きか・・・ 宮本百合子 「祭日ならざる日々」
・・・日本人が誇りとして世界に知られているのは子供を大切にすること、弱い者を助ける芳しい人情ではなかったか。 興亜の精神は我がちの我身専一を男に教えることではなかった筈である。 この頃の交通機関の恐ろしい混雑は、乗り降りの秩序を市民に教え・・・ 宮本百合子 「女性週評」
・・・モナ・リザの成熟した芳しい女性としての全存在には、あのように深い愁をもったまなざしでどこかを見つめずにはいられない熱い思いがあり、あの優美な手を、そのゆたかな胸におき添えずにはいられない鼓動のつよさがあったのだと思う、そして、また、レオナル・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・ 湿りけのぬけない煉瓦が、柔らかな赤茶色に光って見える建物の傍に、花をつけた蜜柑が芳しい影をなげ、パンジー、アネモネ、ヒヤシンスと、美くしい色と色とを反映させながら咲き続いた花壇の果は、ズーッと開いて、折々こぼれるような笑声につれて、ま・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
出典:青空文庫