・・・「べれんの国にお生まれなされたおん若君様、今はいずこにましますか? おん讃め尊め給え。」 悪魔は彼等の捕われたのを見ると、手を拍って喜び笑った。しかし彼等のけなげなさまには、少からず腹を立てたらしい。悪魔は一人になった後、忌々しそう・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・ 吉助「べれんの国の御若君、えす・きりすと様、並に隣国の御息女、さんた・まりや様でござる。」 奉行「そのものどもはいかなる姿を致して居るぞ。」 吉助「われら夢に見奉るえす・きりすと様は、紫の大振袖を召させ給うた、美しい若衆の御姿・・・ 芥川竜之介 「じゅりあの・吉助」
・・・御主人が御捕われなすった後、御近習は皆逃げ去った事、京極の御屋形や鹿ヶ谷の御山荘も、平家の侍に奪われた事、北の方は去年の冬、御隠れになってしまった事、若君も重い疱瘡のために、その跡を御追いなすった事、今ではあなたの御家族の中でも、たった一人・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・ 澄之は出た家も好し、上品の若者だったから、人も好い若君と喜び、丹波の国をこの人に進ずることにしたので、澄之はそこで入都した。 ところが政元は病気を時したので、この前の病気の時、政元一家の内うちうちの人だけで相談して、阿波の守護細川・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・膳は愈々勝に乗り、「故管領殿河内の御陣にて、表裏異心のともがらの奸計に陥入り、俄に寄する数万の敵、味方は総州征伐のためのみの出先の小勢、ほかに援兵無ければ、先ず公方をば筒井へ落しまいらせ、十三歳の若君尚慶殿ともあるものを、卑しき桂の遊女・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・くわしく知るものはないがなんでも都の歌人でござったそうじゃが歌枕とかをさぐりにこのちに御出なさってから、この景色のよさにうち込んで、ここに己の骨を埋めるのだと一人できめて御しまいなされ京からあととりの若君、――今の殿が許婚の姫君と、母君と弟・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・に重きを置く、公爵家の若君は母堂を自動車に載せて上野に散策し、山奥の炭焼きは父の屍を葬らんがために盗みを働いた。いずれが孝子であるか、今の社会にはわからぬ。親の酒代のために節操を棄て霊を離るる女が孝子であるならば吾人はむしろ「孝」を呪う。・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫