・・・労働で若年の肉を鍛えたらしい頑丈な場主の姿は、何所か人を憚からした。仁右衛門は笠井を睨みながら見送った。やや暫らくすると場内から急にくつろいだ談笑の声が起った。そして二、三人ずつ何か談り合いながら小作者らは小屋をさして帰って行った。やや遅れ・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・まだ若年な省作が、世間的に失敗した今の境遇を、兄は深く憐んだのである。省作の精神を大抵推知しながら先を越して弟に元気をつけたのである。省作は腹の中で、しみじみ兄の好意を謝した。省作は今が今まで、これほど解ってる人で、きっぱりとした決断力のあ・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・全国で一ばん若年の県会議員だったそうで、新聞には、A県の近衛公とされて、漫画なども出てたいへん人気がありました。 長兄は、それでも、いつも暗い気持のようでした。長兄の望みは、そんなところに無かったのです。長兄の書棚には、ワイルド全集、イ・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・ポチは足も短く、若年でありながら、喧嘩は相当強いようである。空地の犬の巣に踏みこんで、一時に五匹の犬を相手に戦ったときはさすがに危く見えたが、それでも巧みに身をかわして難を避けた。非常な自信をもって、どんな犬にでも飛びかかってゆく。たまには・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・ その親にたのまれて一二回作品を見てやったというだけの若年の娘にも、先生はお目にかかるかぎり懇切丁寧で、ふさわしい親切をもって対して下すっていた。しかしながら、その豊富な経験のなかでは、自身創立された文芸協会で、抱月と松井須磨子の二つの・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・空をとぶ大きな鳥のたのしそうに悠々とした円舞を見あげて、あんな風にして自分たちも自由に空をとんでみたいとあこがれる人類の感情を、ギリシア人が、若々しい人類の歴史の若年期を生きつつ、自分たちの社会の伝説にとりいれたことはいかにも面白い。同時に・・・ 宮本百合子 「なぜ、それはそうであったか」
・・・フランス全国の同業者等は、この唐突に現れた資本も少ない若年の一出版業者が、疑なく時流に投じるであろう出版計画をもっていることを見極めると、共通な悪計によって結束した。一万フランの資本をかけて出版した本の売上げが、一年にやっと二十部という目に・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・地位としては大した役人ではなかった様子であるが、この中條政恒という人の畢生の希望と事業とは、所謂開発のこと、即ち開墾事業で、まだ藩があった頃、北海道開発の案を藩に建議したところ若年の身で分に過ぎたる考えとして叱られた。その北海道へ手をつけて・・・ 宮本百合子 「明治のランプ」
・・・ 本多佐渡守は三河の徳川家の譜代の臣であるが、家康若年のころの野呂一揆に味方し、一揆が鎮圧したとき、徳川家を逐電して、一向一揆の本場の加賀へ行ってしまった。そうしてそこで十八年働いた後に、四十五歳の時、本能寺の変に際して家康のもとに帰参・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・それは男であるか女であるか、あるいは老年であるか若年であるか、とにかく人の顔面を現わしてはいる。しかし喜びとか怒りとかというごとき表情はそこには全然現わされていない。人の顔面において通例に見られる筋肉の生動がここでは注意深く洗い去られている・・・ 和辻哲郎 「面とペルソナ」
出典:青空文庫