・・・否、かえって自分の学生時代を回顧すると、苦学というよりむしろ楽学とでも言うほうかもしれぬ。こういう物をほしい、ああいう書物が買いたいと言えば、親はいうに任せてなんでも買ってくれた。別にやかましい小言も聞かなければ、勉強についてもむつかしい制・・・ 寺田寅彦 「わが中学時代の勉強法」
・・・新しき女の持っている情緒は、夜店の賑う郊外の新開町に立って苦学生の弾奏して銭を乞うヴァイオリンの唱歌を聞くに等しきものであった。 小春治兵衛の情事を語るに最も適したものは大阪の浄瑠璃である。浦里時次郎の艶事を伝うるに最適したものは江戸の・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・身心流暢して苦学もまた楽しく、したがって教えしたがって学び、学業の上達すること、世人の望外に出ず。その得、三なり。一、古来、封建世禄の風、我が邦に行われ、上下の情、相通ぜざること久し。ひとり私塾においては、遠近の人相集り、その交際ただ読・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・もとよりその論者中には、多年の苦学勉強をもって、内に知識を蔵め、広く世上の形勢を察して、大いに奮発する者なきに非ず。 我が輩、その人を知らざるに非ずといえども、概してこれを評すれば、今の民権論の特にかしましきは、とくに不学者流の多きがゆ・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
・・・すでにこの学に志してようやくこれを勤むる間には、ようやく真理原則の佳境に入り、苦学すなわち精神を楽しましむるの具となりて、いかにしてもこの楽境を脱すべからず。かえりみて我が身の出処たる古学社会を見れば、その愚鈍暗黒なる、ともに語るに足るべき・・・ 福沢諭吉 「成学即身実業の説、学生諸氏に告ぐ」
・・・何故なら、この四五年のうちに、かつては利潤生活者であったインテリゲンツィアの或るものが今は三四十円の下級サラリーマンになって生活と闘っている事実はざらであるし、中学を出て後、もとなら苦学して高等学校へでも入ったようなものが、今日は経済事情の・・・ 宮本百合子 「今日の文学に求められているヒューマニズム」
・・・これは、都会の大学に苦学的な学生生活を営んでいた駿介という主人公の青年が、都会の文化と知識人の生活を批判して故郷の農村の家へ帰って素朴な勤労生活に入ることを描いた作品である。 これまでの作品でこの作家は、執拗に、知識人の自己の歴史への任・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・アメリカのオクラホマ州の貧農の家に生れ、後コロラドの鉱山町にうつり、非常な貧困と闘って苦学し、遂に急進的なジャーナリストとして活動するに至るまでのアグネスの生活が、大胆に描き出されているのであるが、一人の女によって書かれているこの一冊の本が・・・ 宮本百合子 「中国に於ける二人のアメリカ婦人」
・・・ 雑誌は雑誌で、一文なしで上京して大臣の椅子を占めた人の話や、苦学して博士になった人の話やが山ほどある。若い者の奮発心を起すにはこの上ない事ではあるが、一文なしで上京して大臣になった人などは、大抵維新の時にそのきわどい運命の瀬に立った人・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ この作家の少年時代の好学心の具体化は常に父親のそういう態度との挌闘をもって、苦学の実力でもって結果的に闘いとられて行った跡が見える。十八の年、幾度か父親と衝突した揚句、漸く母のとりなしで上京。正則英語学校予備校に入ったこの時の有三は幾・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
出典:青空文庫