・・・いくたびか一杯くわされて苦汁をなめながら、なおかつ小説家というものは実際の話しか書かぬ人間だと、思いがちなのである。髭を生やした相当立派な大学教授すら、小説家というものはいつもモデルがあって実際の話をありのままに書くものであり、小説を書くた・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・し、その不愉快は、あながちこの男に依って、はじめて嘗めさせられたものではなく、東京の文壇の批評家というもの、その他いろいろさまざま、または、友人という形になっている人物に依ってさえも嘗めさせられている苦汁であるから、それはもう笑って聞き流す・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・ルソオが、やはり細君の以前の事で、苦汁を嘗めた箇所に突き当り、たまらなくなって来た。私は、Hを信じられなくなったのである。その夜、とうとう吐き出させた。学生から聞かされた事は、すべて本当であった。もっと、ひどかった。掘り下げて行くと、際限が・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・ 人間、この苦汁を嘗めぬものが、かつて、ひとりでも、あったろうか。おのれの最も信頼して居るものこそ、おのれの、生涯の重大の刹那に、必ず、おのれの面上に汚き石を投ずる。はっしと投ずる。 さきごろ、友人保田与重郎の文章の中から、芭蕉の佳・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・ これらの過程に、民主的な文学者が、心に苦汁をかみしめながら、日本文学の問題として、文学全野にこの問題を語りかけなかったのは何故だったろう。わたしは、自分について調べてみたい。それは、やっぱり民主的文学者としてのわたしの政治的生きかたの・・・ 宮本百合子 「人間性・政治・文学(1)」
・・・の文章、描写の方法――貴方が「読み辛い苦汁のような」と言っていられる文章にもあらわれていると思います。 そしてこの文章の特徴は、作家藤村の本質的なものの表現として、「夜明け前」・藤村が批評される場合におとしてはならぬ点と思う。リアリステ・・・ 宮本百合子 「「夜明け前」についての私信」
出典:青空文庫