・・・僕等は二人ともこの七月に大学の英文科を卒業していた。従って衣食の計を立てることは僕等の目前に迫っていた。僕はだんだん八犬伝を忘れ、教師になることなどを考え出した。が、そのうちに眠ったと見え、いつかこう言う短い夢を見ていた。 ――それは何・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
恒藤恭は一高時代の親友なり。寄宿舎も同じ中寮の三番室に一年の間居りし事あり。当時の恒藤もまだ法科にはいらず。一部の乙組即ち英文科の生徒なりき。 恒藤は朝六時頃起き、午の休みには昼寝をし、夜は十一時の消灯前に、ちゃんと歯・・・ 芥川竜之介 「恒藤恭氏」
・・・女流の英文学者として一時盛名を馳せたI夫人は在学中二度も三度も婚約の紹介を繰返したので評判であった。 突飛なるは婦人乗馬講習所が出来て、若い女の入門者がかなりに輻湊した。瀟洒な洋装で肥馬に横乗りするものを其処ら中で見掛けた。更に突飛なの・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・と相川は青木の方を指して、「青木君――大学の英文科に居られる」「ああ、貴方が青木さんですか。御書きに成ったものは克く雑誌で拝見していました」と原は丁寧に挨拶する。 青木は銀縁の眼鏡を掛けた、髪を五分刈にしている男で、原の出様が丁寧で・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・僕が中学校にはいっていたとき、この文句を英文法の教科書のなかに見つけて心をさわがせ、そしてこの文句はまた、僕が中学五年間を通じて受けた教育のうちでいまだに忘れられぬ唯一の智識なのであるが、訪れるたびごとに何か驚異と感慨をあらたにしてくれる青・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・鉄道省で出来た英文のモーターロードマップがあって、これは便利であるが、あまりに簡単でその道路と他の地物との関係が不明であり、また最近のところまでアップ・ツ・デートにはなっていないらしい。やはり便利のようで不便なのが現在の世の中である。 ・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・その原稿と色や感じのよく似た雁皮鳥の子紙に印刷したものを一枚一枚左側ページに貼付してその下に邦文解説があり、反対の右側ページには英文テキストが印刷してある。 書物の大きさは三二×四三・五センチメートルで、用紙は一枚漉きの純白の鳥の子らし・・・ 寺田寅彦 「小泉八雲秘稿画本「妖魔詩話」」
・・・この頃ではあちこちの翻訳物を引受けたり、少年雑誌の英文欄などを手伝って、どうかこうかはやっている。時々小説のような物を書いて雑誌へ出す事もあるが、兎角の評判もないようである。自分の小説が何かに出ると、方々の雑誌屋の店先で小説月評といったよう・・・ 寺田寅彦 「まじょりか皿」
・・・思出すままに、わたくしたちが三、四十年前中学校でよんだ英文の書目を挙げて見るのもまた一興であろう。その頃、英語は高等小学校の三、四年頃から課目に加えられていた。教科書は米国の『ナショナル・リーダー』であった。中学校に進んで、一、二年の間はそ・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
・・・そこで愈英文科を志望学科と定めた。 然し其時分の志望は実に茫漠極まったもので、ただ英語英文に通達して、外国語でえらい文学上の述作をやって、西洋人を驚かせようという希望を抱いていた。所が愈大学へ這入って三年を過して居るうちに、段々其希望が・・・ 夏目漱石 「処女作追懐談」
出典:青空文庫