・・・ 今朝のこッたね、不断一八に茶の湯のお合手にいらっしゃった、山のお前様、尼様の、清心様がね、あの方はね、平時はお前様、八十にもなっていてさ、山から下駄穿でしゃんしゃんと下りていらっしゃるのに、不思議と草鞋穿で、饅頭笠か何かで遣って見えて・・・ 泉鏡花 「清心庵」
一茶の湯の趣味を、真に共に楽むべき友人が、只の一人でもよいからほしい、絵を楽む人歌を楽む人俳句を楽む人、其他種々なことを楽む人、世間にいくらでもあるが、真に茶を楽む人は実に少ない。絵や歌や俳句やで友を得るは何・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・北野の大茶の湯なんて、馬鹿気たことでもなく、不風流の事でもないか知らぬが、一方から観れば天下を茶の煙りに巻いて、大煽りに煽ったもので、高慢競争をさせたようなものだ。さてまた当時において秀吉の威光を背後に負いて、目眩いほどに光り輝いたものは千・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・女は門の内側に置いてあった恐ろしい大きな竹の笠、――茶の湯者の露次に使う者を片手で男の上へかざして雪を避けながら、片手は男の手を取って謹まやかに導く。庭というでは無い小広い坪の中を一ト筋敷詰めてある石道伝いに進むと、前に当って雪に真黒く大き・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・と新七は言葉に力を入れて、「お母さんだっても御覧なさいな、茶の湯や清元がこんな時の役にはそう立ちますまい。そこへ行くと、お力なぞはお母さんのようなたしなみはないにしたところで、何かこう下から頭を持ち上げて来るようなところがあるじゃありません・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・とか「茶の湯客の心得」とか、そんな本を四冊も借りて私は家へ帰り、片端から読破した。茶道と日本精神、侘の心境、茶道の起原、発達の歴史、珠光、紹鴎、利休の茶道。なかなか茶道も、たいへんなものだ。茶室、茶庭、茶器、掛物、懐石の料理献立、読むにした・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・老先生と若先生と二人で患家を引受けていたが、老先生の方はでっぷりした上品な白髪のお茶人で、父の茶の湯の友達であった。たしか謡曲や仕舞も上手であったかと思う。若先生も典型的な温雅の紳士で、いつも優長な黒紋付姿を抱車の上に横たえていた。うちの女・・・ 寺田寅彦 「追憶の医師達」
・・・一 既に優美を貴ぶと言えば、遊芸は自から女子社会の専有にして、音楽は勿論、茶の湯、挿花、歌、誹諧、書画等の稽古は、家計の許す限り等閑にす可らず。但し今の世間に女学と言えば、専ら古き和文を学び三十一文字の歌を詠じて能事終るとする者なきに非・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ 日本の婦人の特徴ということを国際的な文化紹介としてあげ、優雅な日本の姿を欧米に紹介するための写真外交の見本として、きょうも新聞に見えたのは、高島田に立矢の字の麗人が茶の湯の姿である。ところが、そういう画面で日本の女を紹介する習慣を・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・そして、世界文化のなかにあっても特殊に優雅である日本文化の典型として茶の湯、生花、能楽、造園、日本人形や日本服があげられる。 外国の人も日本文化の特長を手早くとりまとめようとするとき、こういう特長をとらえたことは、卑俗な日本の輸出品が、・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
出典:青空文庫