・・・鼻の低い、額のつまった、あすこ中での茶目だった奴さ。あいつが君、はいっているんだ。お座敷着で、お銚子を持って、ほかの朋輩なみに乙につんとすましてさ。始は僕も人ちがいかと思ったが、側へ来たのを見ると、お徳にちがいない。もの云う度に、顋をしゃく・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・いや、無学文盲で将棋のほかには何にも判らず、世間づきあいも出来ず、他人の仲介がなくてはひとに会えず、住所を秘し、玄関の戸はあけたことがなく、孤独な将棋馬鹿であった坂田の一生には、随分横紙破りの茶目気もあったし、世間の人気もあったが、やはり悲・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・大阪の人らしい茶目気や芝居気も現れている。近代将棋の合理的な理論よりも我流の融通無碍を信じ、それに頼り、それに憑かれるより外に自分を生かす道を知らなかった人の業のあらわれである。自己の才能の可能性を無限大に信じた人の自信の声を放ってのた打ち・・・ 織田作之助 「勝負師」
・・・青年たちがみな健康な、朗らかな、感覚的で多少茶目なところのある娘たちを要求すれば、そうした娘たちがあらわれてくる。娘たちが逞しく、しかし渋みがあって、少し憂鬱な青年を好めばそうした青年が本当にあらわれてくる。かようにしてクローデット・コルベ・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・で、自然と同窓生もこの人を仲間はずれにはしながらも内は尊敬するようになって、甚だしい茶目吉一、二人のほかは、無言の同情を寄せるに吝ではなかった。 ところが晩成先生は、多年の勤苦が酬いられて前途の平坦光明が望見せらるるようになった気の弛み・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・しかし茶目気分横溢していてむつかしい学科はなんでもきらいだという悪太郎どもにとっては、先生の勤勉と、正確というよりも先生の教える学問のむつかしさが少なからず煙たくもあったらしい。当時、アメリカの民謡の曲を取った「ヒラ/\と連隊旗」という唱歌・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・ドイツ学生の中にはずいぶん不真面目らしい茶目や怠け者も居て一体に何となく浮世臭い匂がこの教室全体に漂っているのを感じた。自分は幸いにここでも図書室を自由に開放してもらって、読書したりノートを取ったり、また河のメアンダーに関する小さな「仕事」・・・ 寺田寅彦 「ベルリン大学(1909-1910)」
・・・ この事件は見方によっては頭のよくない茶目のいたずらとも見られる。しかしまた犯罪心理学者の研究資料にもなれば、科学的認識論の先生が因果律の講釈をする時の材料にもなりうる。 因果をつなぐかぎの輪はただ一つ欠けても縁が切れる。この明白な・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
・・・詩、絵、短篇小説類を集めた大判の雑誌で、それを見ると、彼等の陽気さ、活気、或る時には茶目気をふんだんに感受することが出来ますが、英国で嘗て、ビアーズレー、エーツ等の詩人、画家が起した新運動等は、これらの同人雑誌から期待することは出来ません。・・・ 宮本百合子 「アメリカ文士気質」
・・・ 文麿公が、娘さんのお嫁に行かれる送別仮装会のために、そのヒットラー髭を買いにわざわざ浅草まで出かけたことを弟の秀麿氏が、賢兄の茶目気として紹介している記事である。 今日の上流の人々の遊びかたの一つの文化上のタイプとしてこの・・・ 宮本百合子 「仮装の妙味」
出典:青空文庫