・・・心境未だし、デッサン不正確なり、甘し、ひとり合点なり、文章粗雑、きめ荒し、生活無し、不潔なり、不遜なり、教養なし、思想不鮮明なり、俗の野心つよし、にせものなり、誇張多し、精神軽佻浮薄なり、自己陶酔に過ぎず、衒気、おっちょこちょい、気障なり、・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・今頃なら霜解けを踏み荒した土に紙屑や布片などが浅猿しく散らばりへばりついている。晴れた日には庭一面におしめやシャツのような物を干す、軒下には缶詰の殻やら横緒の切れた泥塗れの女下駄などがころがっている。雨の日には縁側に乳母車があがって、古下駄・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
・・・こんな場末の町へまでも荒して歩くためには一体何千キロの毒薬、何万キロの爆弾が入るであろうか、そういう目の子勘定だけからでも自分にはその話は信ぜられなかった。 夕方に駒込の通りへ出て見ると、避難者の群が陸続と滝野川の方へ流れて行く。表通り・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・少し耳の遠い出歯の、正直な男で、子供の居た先住の人が住み荒した廊下、障子、風呂場、台所の手入れに、大工をつれたり、自分で来たりして、助けて呉れたのである。自分は、掃除には一度も来られなかった。二十日以後から体の工合が悪く、熱を出して床につい・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・ その間接の原因となるものは、一昨年の末から去年にかけてプロレタリア作家の間を荒した批評嫌悪症のさまざまの要因が、今はプロレタリア文学運動の歴史の鏡に照らされて相当はっきり私にも見えて来たことと、そこから汲みとったいろいろの教訓をもって・・・ 宮本百合子 「近頃の感想」
・・・ 破産までさせられて、自棄になった彼の前の小作人が半ば復讐的に荒して行ったのだともいう、石っころだらけの、どこからどう水を引いたらいいのかも分らないように、孤立している田地を見たとき、禰宜様宮田は思わず溜息を洩した。 いったいどこか・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ 片意志(で見にくい怒り奴がそろそろとわしの心の臓を荒しはじめたわ、退り居ろう。 何の□□(わしは賢明なのじゃからの。紙に書いつけた文字は見た所だけは美くしいものじゃ。 又見とうなくば破く事も焼きすてる事も出来るものじゃ。 人間・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・雨戸の閉った玄関傍のつわ蕗や沈丁花の下には、いやと云う程、野犬の荒した跡がある。 隣りとの境の垣根もすけすけになった処には、塵くたが無責任に放り込んである。 余り空が明るく、太陽の光りが美しいので、幾十日か人気なく捨てられて居た家は・・・ 宮本百合子 「又、家」
・・・なんでも鶏が垣を踰えて行って畠を荒らして困まるということらしい。それを主題にして堂々たる Philippica を発しているのである。女はこんな事を言う。豊前には諺がある。何町歩とかの畑を持たないでは、鶏を飼ってはならないというのである。然・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫