・・・ ペンを取ると、何の渋滞もなく瞬く間に五枚進み、他愛もなく調子に乗っていたが、それがふと悲しかった。調子に乗っているのは、自家薬籠中の人物を処女作以来の書き馴れたスタイルで書いているからであろう。自身放浪的な境遇に育って来た私は、処女作・・・ 織田作之助 「世相」
・・・隊前には黒髯を怒らした一士官が逸物に跨って進み行く。残らず橋を渡るや否や、士官は馬上ながら急に後を捻向いて、大声に「駈足イ!」「おおい、待って呉れえ待って呉れえ! お願いだ。助けて呉れえ!」 競立った馬の蹄の音、サーベルの響、が・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・と光代は進み寄って揺り動かす。それなら謝罪ったか。と細く目を開けば、私は謝罪るわけはありませぬ。父様こそお謝罪りなさるがいいわ。 なぜなぜと仰向けに寝返りして善平はなお笑顔を洩らす。それだっても、さんざん私をいやがらせておいて、と光代は・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・ 老松樹ちこめて神々しき社なれば月影のもるるは拝殿階段の辺りのみ、物すごき木の下闇を潜りて吉次は階段の下に進み、うやうやしく額づきて祈る意に誠をこめ、まず今日が日までの息災を謝し奉り、これよりは知らぬ国に渡りて軍の巷危うきを犯し、露に伏・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・われこれに答えざりしは今の時のついに来たりて、われ進みて文まいらすべきことあるをかねて期しいたればにて深き故あるにあらず。今こそ答えまいらすべし、ただ一言。弁解の言葉連ねたもうな、二郎とてもわれとても貴嬢が弁解の言葉ききて何の用にかせん。二・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・逃げ道のために蝦蟇の術をつかうなんていう、忍術のようなことは私には出来ません。進み進んで、出来る、出来ない、成就不成就の紙一重の危い境に臨んで奮うのが芸術では無いでしょうか。」「そりゃそういえば確にそうだが、忍術だって入用のものだから世・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ては熊谷の石原にしるしの碑の立てりしもこの御神のためなるべし、ことさらにまいる人も多しとおぼゆるに、少しの路のまわりを厭いて見過ごさんもさすがなりと、大路を横に折れて、蝉の声々かしましき中を山の方へと進み入るに、少時して石の階数十級の上に宮・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・ 婆あさんはまた一足進み寄った。この不思議な人間を委しく見てやりたいというような風である。「そうさね。不景気だからね。まあ大変に窶れているじゃあないか。そんなになったからには息張っていては行けないよ。息張るの高慢ぶるのという事は、わたし・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・而して宗教的思想より進みて道徳を以て人々の行を規定し行かんと擬したるは儒教なり。この固有思想と五行等の新來思想とが合せる時、その宗教的方面に結びつきしは方士の類なり。後に道教となり風水説となれり。その道徳的方面に結びつきしは儒教也、易也。而・・・ 白鳥庫吉 「『尚書』の高等批評」
・・・ ミシンはすこし損じてはいますが、それでも縫い進みました。――人の心臓であったら出血のために動かなくなってしまうほどたくさん針が布をさし通して、一縫いごとに糸をしめてゆきます――不思議な。「ママ今日私は村に行って太陽が見たい、ここは・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
出典:青空文庫