・・・かれが心のはげしき戦いは昨夜にて終わり、今は荒寥たる戦後の野にも等しく、悲風惨雨ならび至り、力なく光なく望みなし。身も魂も疲れに疲れて、いつか夢現の境に入りぬ。 林あり。流れあり。梢よりは音せぬほどの風に誘われて木の葉落ち、流れはこれを・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・ こうした荒寥の明け暮れであったのだ。 承久の変の順徳上皇の流され給うた佐渡へ、その順逆の顛倒に憤って立った日蓮が、同じ北条氏によって配流されるというのも運命であった。「彼の島の者ども、因果の理をも弁えぬ荒夷なれば、荒く当りたり・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・かつて私の或る知人が、シベリヤ鉄道の旅行について話したことは、あの満目荒寥たる無人の曠野を、汽車で幾日も幾日も走った後、漸く停車した沿線の一小駅が、世にも賑わしく繁華な都会に見えるということだった。私の場合の印象もまた、おそらくはそれに類し・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・一人の遊冶郎の美的生活は家庭の荒寥となり母の涙となり妻の絶望となる。冷たき家庭に生い立つ子供は未来に希望の輝きがない。また安逸に執着する欲情を見よ。勉強するはいやである。勉強を強うる教師は学生の自負と悦楽を奪略するものである。寄席にあるべき・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫