・・・あるいは「荘厳」あるいは「盛観」という事を心掛けるより他に仕様がないようである。浜口雄幸氏は、非常に顔の大きい人であった。やはり美男子ではなかった。けれども、盛観であった。荘厳でさえあった。容貌に就いては、ひそかに修養した事もあったであろう・・・ 太宰治 「容貌」
・・・ 七 知名の人の葬式に出た。 荘厳な祭式の後に、色々な弔詞が読み上げられた。ある人は朗々と大きな声で面白いような抑揚をつけて読んだが、六かしい漢文だから意味はよく分らなかった。またある人は口の中でぼしゃぼしゃ・・・ 寺田寅彦 「鑢屑」
・・・しかしその標準を云うとまず荘厳に対する情操と云うてよろしかろうと思います。 これで文芸家の理想の種類及びその説明はまず一と通り済みました。概括すると、一が感覚物そのものに対する情緒。二が感覚物を通じて知、情、意の三作用が働く場合でこれを・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・畢竟するに女大学記者が男尊女卑の主義を張らんとして其根拠なきに苦しみ、纔に古の法なるものを仮り来りて天地など言う空想を楯にし、論法を荘厳にして以て女性を圧倒し、無理にもこれを暗処に蟄伏せしめんとの窮策に出でたるものと言う可し。既に男尊女卑と・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ 空は荘厳な幅広い焔のようだ。重々しい、秒のすぐるのさえ感じられるような日盛りの熱と光との横溢の下で、樹々の緑葉の豊富な燦きかたと云ったら! どんな純粋な油絵具も、その緑玉色、金色は真似られない、実に燃ゆる自然だ。うっとり見ていると肉体がい・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・もし出来得ることであるならば、彼はこのとき、フランス皇帝ナポレオン・ボナパルトの荘厳な肉体の価値のために、彼の伊太利と腹の田虫とを交換したかも知れなかった。こうして森厳な伝統の娘、ハプスブルグのルイザを妻としたコルシカ島の平民ナポレオンは、・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・そうして不動坂にさしかかった時に、数知れず立ち並んでいるあの太い檜の木から、何とも言えぬ荘厳な心持ちを押しつけられた。なるほどこれは霊山だと思わずにはいられなかった。この地をえらんだ弘法大師の見識にもつくづく敬服するような気持ちになった。・・・ 和辻哲郎 「樹の根」
・・・そうして、この簡素な太い力の間を縫う細やかな曲線と色との豊富微妙な伴奏は、荘厳に圧せられた人の心に優しいしめやかな手を触れる。―― もとより我々の祖先は、右のごとき感じかたをしたわけではあるまい。しかし彼らはとにかくその漠然たる無意識の・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
・・・食いしばった唇を取り巻く荘厳な筋肉の波。それは人類の悩みを一身に担いおおせた悲痛な顔である。そして額の上には永遠にしぼむことのない月桂樹の冠が誇らしくこびりついている。 この顔こそは我らの生の理想である。四 苦患を堪え忍・・・ 和辻哲郎 「ベエトォフェンの面」
・・・旅は人を自然に近づかしめて、峨々たる日本アルプスの連峰が蜿々として横たわるを見れば胸には宇宙の荘厳が湧然として現われる。この美この壮はもっとも強烈に霊を震※してそぞろに人生の真面目に想いを駛す。ただ惜しむらくは西行と同じ誤りに陥っている。隠・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫