・・・王子 (落胆わたしの姿は見えないはずなのですがね。王女 どうして?王子 これは一度着さえすれば、姿が隠れるマントルなのです。王女 それはあの黒ん坊の王のマントルでしょう。王子 いえ、これもそうなのです。王女 だって姿・・・ 芥川竜之介 「三つの宝」
・・・ですから二人はお島婆さんの家の前を隣の荒物屋の方へ通りぬけると、今までの心の緊張が弛んだと云う以外にも、折角の当てが外れたと云う落胆まで背負わずにはいられませんでした。 ところがその荒物屋の前へ来ると、浅草紙、亀の子束子、髪洗粉などを並・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・激昂の反動は太く渠をして落胆せしめて、お通は張もなく崩折れつつ、といきをつきて、悲しげに、「老夫や、世話を焼かすねえ。堪忍しておくれ、よう、老夫や。」 と身を持余せるかのごとく、肱を枕に寝僵れたる、身体は綿とぞ思われける。 伝内・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・「あの、それですけれど……安心をしましたせいですか、落胆して、力が抜けて。何ですか、余り身体にたわいがなくって、心細くなりました。おそばへ寄せて下さいまし……こんな時でございませんと、思い切って、お顔が見られないのでございますけど、それ・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・お繁さんは兄の冷然たる顔色に落胆した風で、兄さんは結婚してからもう駄目よと叫んだ。岡村は何に生意気なことをと目に角立てる。予は突然大笑して其いざこざを消した。そうして話を他へ転じた。お繁さんは本意なさそうにもう帰りましょうと云い出して帰る。・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・と思うていたところ、この上もない良縁と思う今度の縁談につき、意外にもおとよが強固に剛情な態度を示し、それも省作との関係によると見てとった父は、自分の希望と自分の仕合せとが、根柢より破壊せられたごとく、落胆と憤懣と慚愧と一時に胸に湧き返った。・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・現役であったにも拘らず、第○聨隊最初の出征に加わらなかったんに落胆しとったんやけど、おとなしいものやさかい、何も云わんで、留守番役をつとめとった。それが予備軍のくり出される時にも居残りになったんで、自分は上官に信用がないもんやさかいこうなん・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・と、自分の児供を喪くした時でもこれほど落胆すまいと思うほどに弱り込んでいた。家庭の不幸でもあるなら悔みの言葉のいいようもあるが、犬では何と言って慰めて宜いか見当が付かないので、「犬なんてものは何処かへ行ってしまったと思うと、飛んでもない時分・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ こう看護婦がいったとき、若い婦人の顔色は、落胆と失望のために、変わりました。彼女は、どうしていいかわからなかったからです。しばらく黙って考えていました。「代診では、いけませんか。」と、看護婦が、問いました。 彼女は、あれほど、・・・ 小川未明 「世の中のこと」
・・・ この情ない目を見てからのおれの失望落胆と云ったらお話にならぬ。眼を半眼に閉じて死んだようになっておった。風は始終向が変って、或は清新な空気を吹付けることもあれば、又或は例の臭気に嗔咽させることもある。此日隣のは弥々浅ましい姿になって其・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
出典:青空文庫