・・・ ああ、人間に恐れをなして、其処から、川筋を乗って海へ落ち行くよ、と思う、と違う。 しばらく同じ処に影を練って、浮いつ沈みつしていたが、やがて、すいすい、横泳ぎで、しかし用心深そうな態度で、蘆の根づたいに大廻りに、ひらひらと引き返す・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・両国橋の落ちたる話も、まず聞いて耳に響くはあわれなる女の声の――人雪頽を打って大川の橋杭を落ち行く状を思うより前に――何となく今も遥かに本所の方へ末を曳いて消え行く心地す。何等か隠約の中に脈を通じて、別の世界に相通ずるものあるがごとくならず・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・扇谷定正が水軍全滅し僅かに身を以て遁れてもなお陸上で追い詰められ、漸く助友に助けられて河鯉へ落ち行く条にて、「其馬をしも船に乗せて隊兵――」という丁の終りまではシドロモドロながらも自筆であるが、その次の丁からは馬琴のよめの宗伯未亡人おミチの・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
出典:青空文庫