・・・「言いましょう、喫驚しちゃアいけませんぞ」「早く早く!」 岡本は静に「喫驚したいというのが僕の願なんです」「何だ! 馬鹿々々しい!」「何のこった!」「落語か!」 人々は投げだすように言ったが、近藤のみは黙言て・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ 私は大学へはいってからは、戸塚の、兄の家のすぐ近くの下宿屋に住み、それでも、お互い勉強の邪魔をせぬよう、三日にいちどか、一週間にいちど顔を合せて、そのときには必ず一緒にまちへ出て、落語を聞いたり、喫茶店をまわって歩いたりして、そのうち・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・まえは、そうでもなかったようであるが、この二、三年の不勉強に就いては、許しがたいものがある。落語全集なぞを読んでいる。妻の婦人雑誌なぞを、こっそり読んでいる。いま、ふところから取り出した書物は、ラ・ロシフコオの金言集である。まず、いいほうで・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・書け。落語でも、一口噺でもいい。書かないのは、例外なく怠惰である。おろかな、おろかな、盲信である。人は、自分以上の仕事もできないし、自分以下の仕事もできない。働かないものには、権利がない。人間失格、あたりまえのことである。 そう思って、・・・ 太宰治 「懶惰の歌留多」
・・・たまにはラジオで長唄や落語など聴く事もあった。西洋音楽は自分では分らないと云っていたが、音楽に堪能な令息恭雄氏の話によると相当な批判力をもっていたそうである。 運動で鍛えた身体であったが、中年の頃赤痢にかかってから不断腸の工合が悪かった・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・ これらの話は、柳家小さんの落語のごとく、クライスラーのクロイツェルソナタのごとく実に何度となく同じ聴衆の前に繰返されて、そうしてその度ごとに新しくその聴衆を喜ばしたものである。繰返せば繰返すにつれてますますその面白味の深さを加えたもの・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
・・・そうかと言って邦楽の大部分や俗曲の類は子供らにあまり親しませたくなし、落語などというのは隣でやっているのを聞くだけでも私は頭が痛くなるようであった。それで結局私のレコード箱にはヴィクターの譜が大部分を占めるようになった。 妙なもので、初・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・ 一般絵画に対する漫画の位置は、文学に対する落語、俳句に対する川柳のそれと似たところがないでもない。本質の上からはおそらく同じようなものであり得ると思われる。ただ落語や川柳には低級なあるいは卑猥な分子が多いように思われており、また実際そ・・・ 寺田寅彦 「漫画と科学」
・・・ これと同じような聯想作用に関係しているためかと思われるのは、例えば落語とか浪花節とかを宅のラジオで聞くと、それがなんとなくはなはだ不自然な、あるまじきものに聞こえて困ることである。それらの演芸の声だけでなくて演芸者自身がその声にくっつ・・・ 寺田寅彦 「ラジオ雑感」
・・・わたしは朝寝坊夢楽という落語家の弟子となり夢之助と名乗って前座をつとめ、毎月師匠の持席の変るごとに、引幕を萌黄の大風呂敷に包んで背負って歩いた。明治三十一、二年の頃のことなので、まだ電車はなかった。 当時のわたしを知っているものは井上唖・・・ 永井荷風 「梅雨晴」
出典:青空文庫