・・・「あき店さ、お前さん、田畝の葦簾張だ。」 と云った。「ぬしがあっても、夜の旅じゃ、休むものに極っていますよ。」「しかし、なかに、どんなものか置いてでもあると、それだとね。」「御本尊のいらっしゃる、堂、祠へだって入りましょ・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・公園の蓮池を前に、桜やアカシヤが影を落している静かな一隅が、お三輪の目ざして行ったところだ。葦簾で囲った休茶屋の横手には、人目をひくような新しい食堂らしい旗も出ている。それには、池に近い位置に因んで「池の茶屋」とした文字もあらわしてある。お・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・橋のたもとの望富閣という葦簾を張りめぐらせる食堂にはいり、ビイルを一本そう言った。ちろちろと舌でなめるが如く、はりあいのない呑みかたをしながら、乱風の奥、黄塵に烟る江の島を、まさにうらめしげに、眺めていたようである。背を丸くし、頬杖ついて、・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・小学時代に、夏が来ると南磧に納涼場が開かれて、河原の砂原に葦簾張りの氷店や売店が並び、また蓆囲いの見世物小屋がその間に高くそびえていた。昼間見ると乞食王国の首都かと思うほどきたないながめであったが、夜目にはそれがいかにも涼しげに見えた。父は・・・ 寺田寅彦 「涼味数題」
出典:青空文庫