・・・私は禁酒会へはいってから毎月十円ずつしてきた禁酒貯金がもうそのころ千円を越していたので、それで葬式をして、父の墓を建てました。そして八月の十日には父の残した老妻と二人で高野山へ父の骨を納めに行った。昭和十六年の八月の十日、中之島公園で秋山さ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ そんなお君に中国の田舎から来た親戚の者は呆れかえって、葬式、骨揚げと二日の務めをすますと、さっさと帰って行き、家の中ががらんとしてしまった夜、異様な気配にふと眼をさまして、「誰?」 と暗闇に声を掛けたが、答えず、思わぬ大金をも・・・ 織田作之助 「雨」
・・・極端だと人は思うかも知れないが、細君が死んだその葬式の日、近所への挨拶廻りは、親戚の者にたのんで、原稿を書いていたという。随分細君には惚れていたのだが、その納骨を二年も放って置いて、いまだにそれを済ませないというズボラさである。 仕事は・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・「追而葬式の儀はいっさい簡略いたし――と葉書で通知もしてあるんだから、いっそ何もかも略式ということにしてふだんのままでやっちまおうじゃないか。せっかく大事なお経にでもかかろうというような場合に、集った人に滑稽な感じを与えても困るからね」・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・ところがその品物のなかで最も高い値が出たのはその男が首を縊った縄で、それが一寸二寸というふうにして買い手がついて、大家はその金でその男の簡単な葬式をしてやったばかりでなく自分のところの滞っていた家賃もみな取ってしまったという話であった。・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・「そこで僕は思うんです、百人が百人、現在、人の葬式に列したり、親に死なれたり子に死れたりしても、矢張り自分の死んだ後、地獄の門でマサカ自分が死うとは思わなかったと叫んで鬼に笑われる仲間でしょう。ハッハッハッハッハッハッハッハッ」「人・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・北さんのお隣りの奥さんが死んだ、という電報であったが、北さんは、こりゃいけない、あの家は非常に気の毒な家で、私がいないとお葬式も出せない、すぐ行かなくちゃいけない、と言って、一度言い出したら、もう何といっても聞きいれない、頑固な大久保氏なの・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・ 考えてみると、僕たちだって、小さい時からお婆さんに連れられてお寺参りをしたり、またお葬式や法要の度毎に坊さんのお経を聞き、また国宝の仏像を見て歩いたりしているが、さて、仏教とはどんな宗教かと外国の人に改って聞かれたら、百人の中の九十九・・・ 太宰治 「世界的」
・・・好きでないおじいさんだったのですが、でも、私はお葬式の日には、ずいぶん泣きました。お葬式があんまり華麗すぎたので、それで、興奮して泣いちゃったのかも知れません。お葬式の翌る日、学校へ出たら、先生がたも、みんな私にお悔みを言って下さって、私は・・・ 太宰治 「誰も知らぬ」
・・・ 葬式の行列もやはりわれわれには多少テンポのゆるやかすぎる感じがある。これを「全線」に現われる雨ごいの行列と対照するとやはり後者のほうがより多く動的であるように見えるのである。しかしここでもわれわれが、あるいは私が、テンポのゆるやかすぎ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫