・・・が、ふだんの彼なら、藤左衛門や忠左衛門と共に、笑ってすませる筈のこの事実が、その時の満足しきった彼の心には、ふと不快な種を蒔く事になった。これは恐らく、彼の満足が、暗々の裡に論理と背馳して、彼の行為とその結果のすべてとを肯定するほど、虫の好・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・とか「種蒔く人」とか、赤い旗の表紙の雑誌が五高の連中から流れこんでくると、小野のところには「自由」という黒い旗の表紙が流れこんできた。三吉はどっちも読んだが、よくはわからなかった。わかるのは小野の性格の厭なところが、まるでそこだけつつきださ・・・ 徳永直 「白い道」
・・・すると虹霓を粉にして振り蒔くように、眼の前が五色の斑点でちらちらする。これは駄目だと眼を開くとまたランプの影が気になる。仕方がないからまた横向になって大病人のごとく、じっとして夜の明けるのを待とうと決心した。 横を向いてふと目に入ったの・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・左右に振り蒔く粟の珠も非常に軽そうだ。文鳥は身を逆さまにしないばかりに尖った嘴を黄色い粒の中に刺し込んでは、膨くらんだ首を惜気もなく右左へ振る。籠の底に飛び散る粟の数は幾粒だか分らない。それでも餌壺だけは寂然として静かである。重いものである・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・ならした後へ三万枚の黄金を蒔く。するとアグーの太守がわしは勝ち手にとらせる褒美を受持とうと十万枚の黄金を加える。マルテロはわしは御馳走役じゃと云うて蝋燭の火で煮焼した珍味を振舞うて、銀の皿小鉢を引出物に添える」「もう沢山じゃ」とウィリア・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ 智識は素と感情の変形、俗に所謂智識感情とは、古参の感情新参の感情といえることなりなんぞと論じ出しては面倒臭く、結句迷惑の種を蒔くようなもの。そこで使いなれた智識感情といえる語を用いていわんには、大凡世の中万端の事智識ばかりでもゆかねば・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・ そこらの畑では燕麦もライ麦ももう芽をだしていましたし、これから何か蒔くとこらしくあたらしく掘り起こされているところもありました。 そしていつかわたくしは町から西南の方の村へ行くみちへはいってしまっていました。 向うからは黒い着・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ ヨーロッパ大戦後の、万人の福利を希うデモクラシーの思想につれて、民衆の芸術を求める機運が起って『種蒔く人』が日本文学の歴史の上に一つの黎明を告げながら発刊されたのは大正十一年であった。ロマンティックな傾向に立って文学的歩み出しをしてい・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ 山田さんは、『種蒔く人』時代から日本のプロレタリア文学運動に参加して、本年二月ナルプ解散前後の多難な時をも経、略十年間、波瀾に富んだ闘争の道を歩いて来た。 私が山田さんを知ったのは一九三〇年の暮旧日本プロレタリア作家同盟の活動に参・・・ 宮本百合子 「『地上に待つもの』に寄せて」
出典:青空文庫