「侏儒の言葉」の序「侏儒の言葉」は必しもわたしの思想を伝えるものではない。唯わたしの思想の変化を時々窺わせるのに過ぎぬものである。一本の草よりも一すじの蔓草、――しかもその蔓草は幾すじも蔓を伸ばしているかも知れ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・籬には蔓草が埒無く纏いついていて、それに黄色い花がたくさん咲きかけていた。その花や莟をチョイチョイ摘取って、ふところの紙の上に盛溢れるほど持って来た。サア、味噌までにも及びません、と仲直り気味にまず予に薦めてくれた。花は唇形で、少し佳い香が・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・この次男は、兄妹中で最も冷静な現実主義者で、したがって、かなり辛辣な毒舌家でもあるのだが、どういうものか、母に対してだけは、蔓草のように従順である。ちっとも意気があがらない。いつも病気をして、母にお手数をかけているという意識が胸の奥に、しみ・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・松やもっこくやの庭木を愛するのがファシストならば、蔦や藤やまた朝貌、烏瓜のような蔓草を愛するのがリベラリストかもしれない。しかし草木を愛する限りの人でマルキシストになれる人があろうとは想われない。 八 防空演・・・ 寺田寅彦 「KからQまで」
・・・近頃になっては身体の動きのとれない事は段々甚しくなるが、やや局部の疼痛を感ずることが少くなったので、復た例の写生をして見ようかと思いついてふとそこにあった蔓草の花を書いて見た。それは例の如く板の上に紙を張りつけて置いてモデルの花はその板と共・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・青々とした蔓草の巻き付いている、その家に越して来た当座の、ある日の午前であった。己の部屋の窓を叩いたものがある。「誰か」と云って、その這入った男を見て、己は目を大きくみはった。 背の高い、立派な男である。この土地で奴僕の締める浅葱の・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
出典:青空文庫