・・・レエルモントフのコウカサスに於ける、薄倖の革命詩人、レヴィートフの中央ロシヤの平原に於けるそれであった。 彼等は、この広い天地に、曾て、自分を虐遇したとはいえ、少年時代を其処に送った郷土程、懐かしいものを漂浪の間に見出さなかった事である・・・ 小川未明 「彼等流浪す」
・・・彼は偉大なのらくら者、悒鬱な野心家、華美な薄倖児である。彼を絶えず照した怠惰の青い太陽は、天が彼に賦与した才能の半ばを蒸発させ、蚕食した。巴里、若しくは日本高円寺の恐るべき生活の中に往々見出し得るこの種の『半偉人』の中でも、サミュエルは特に・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・また一茶には森羅万象が不運薄幸なる彼の同情者慰藉者であるように見えたのであろうと想像される。 小宮君も注意したように恋の句、ことに下品の恋の句に一面滑稽味を帯びているのがある。これは芭蕉前後を通じて俳諧道に見らるる特異の現象であろう。こ・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・ 年取って薄倖な亮の母すらも「亮は夭死はしたが、これほどまでに皆様から思っていただけば、決してふしあわせとは思われない」とそう言っている。私もほんとうにそう思う。 これだけの好意を人から寄せられるには、やはりよせられるだけのある物が・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・揚州十年の痴夢より一覚する時、贏ち得るものは青楼薄倖の名より他には何物もない。病床の談話はたまたま樊川の詩を言うに及んでここに尽きた。 縁側から上って来た鶏は人の追わざるに再び庭に下りて頻に友を呼んでいる。日暮の餌をあさる鶏には、菓子鉢・・・ 永井荷風 「梅雨晴」
・・・成島柳北が仮名交りの文体をそのままに模倣したり剽窃したりした間々に漢詩の七言絶句を挿み、自叙体の主人公をば遊子とか小史とか名付けて、薄倖多病の才人が都門の栄華を外にして海辺の茅屋に松風を聴くという仮設的哀愁の生活をば、いかにも稚気を帯びた調・・・ 永井荷風 「夏の町」
出典:青空文庫