・・・ただもうわたしは薄情だと、そればかり口惜しそうに繰返すのです。もっとも発作さえすんでしまえば、いつも笑い話になるのですが、………「若槻はまたこうもいうんだ。何でも相手の浪花節語りは、始末に終えない乱暴者だそうです。前に馴染だった鳥屋の女・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・それを考えて上げなくっちゃ、薄情すぎると云うもんですよ。私の国でも女と云うものは、――」「好いよ。好いよ。お前の云う事はよくわかったから、そんな心配なんぞはしない方が好いよ。」 葉巻を吸うのも忘れた牧野は、子供を欺すようにこう云った・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・そうすると人間は薄情なもので、昨日までは毎日来た友だちも、今日は門の前を通ってさえ、挨拶一つして行きません。ましてとうとう三年目の春、又杜子春が以前の通り、一文無しになって見ると、広い洛陽の都の中にも、彼に宿を貸そうという家は、一軒もなくな・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・ あの容色で家の仇名にさえなった娘を、親身を突放したと思えば薄情でございますが、切ない中を当節柄、かえってお堅い潔白なことではございませんかね、旦那様。 漢方の先生だけに仕込んだ行儀もございます。ちょうど可い口があって住込みましたの・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・「でも、旦那さん、……義理も、人情も知らない女だ、薄情だと、言われようかと、そればかりが苦になりました。もう人が何と言いましょうと、旦那さんのお言ばかりで、どんなに、あの人から責められましても私はきっぱりと、心中なんか厭だと言います。お・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・画家 それは薄情だ。夫人 薄情ぐらいで済むものですか。――私は口惜さにかぜが抜けて、あらためて夫に言ったんです。「喧嘩をしても実家から財産を持って来ます。そのかわりただ一度で可うござんす。お姑さんを貴方の手で、せめて部屋の外へ突出し・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・早瀬 お蔦、お蔦、俺は決して薄情じゃない。お蔦 ええ、薄情とは思いません。早瀬 誓ってお前を厭きはしない。お蔦 ええ、厭かれて堪るもんですか。早瀬 こっちを向いて、まあ、聞きなよ。他に何も鬱ぐ事はない、この二三日、顔・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・かえっておとよさんは薄情だねいなど蔭言を聞くくらいであった。それゆえおとよが家に帰って二月たたないうちに、省作に対するおとよの噂はいつ消えるとなしに消えた。 胸にやるせなき思いを包みながら、それだけにたしなんだおとよは、えらいものである・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・この家の二、三年前までは繁盛したことや、近ごろは一向客足が遠いことや、土地の人々の薄情なことや、世間で自家の欠点を指摘しているのは知らないで、勝手のいい泣き言ばかりが出た。やがてはしご段をあがって、廊下に違った足音がすると思うと、吉弥が銚子・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・天国には、こんな考えをもっているようなものや、薄情なものは一人もないのに!」と思いました。「おじいさん、わたしが、拾ってあげます。」と、少女はいって、銀貨や、銅貨を拾って、按摩の財布の中にいれてやりました。 年とった按摩は、たいへん・・・ 小川未明 「海からきた使い」
出典:青空文庫