・・・中幅の白木綿を薬屋のように、フロックの上からかけた人がいると思ったら、それは宮崎虎之助氏だった。 始めは、時刻が時刻だから、それに前日の新聞に葬儀の時間がまちがって出たから、会葬者は存外少かろうと思ったが、実際はそれと全く反対だった。ぐ・・・ 芥川竜之介 「葬儀記」
・・・「ああ、薬屋さんか、すこし休んでゆきなさい。」と、じいさんが男を小舎の中へいれました。 男は、この村へはいってくるのには、いつも、あちらの山を越えて、しかも、いま時分、高原を通ってくるのだということを話しました。「どんな、薬を売・・・ 小川未明 「手風琴」
村に一人の猟師が、住んでいました。もう、秋もなかばのことでありました。ある日知らない男がたずねてきて、「私は、旅の薬屋でありますが、くまのいがほしくてやってきました。きけば、あなたは、たいそう鉄砲の名人であるということですが、ひと・・・ 小川未明 「猟師と薬屋の話」
・・・オットセイの黒ずんだ肉を売る店があったり、猿の頭蓋骨や、竜のおとし児の黒焼を売る黒焼屋があったり、ゲンノショウコやドクダミを売る薬屋があったり、薬屋の多いところだと思っていると、物尺やハカリを売る店が何軒もあったり、岩おこし屋の軒先に井戸が・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ 湯豆腐屋で名高い高津神社の附近には薬屋が多く、表門筋には「昔も今も効能で売れる七福ひえぐすり」の本舗があり、裏門筋には黒焼屋が二軒ある。元祖本家黒焼屋の津田黒焼舗と一切黒焼屋の高津黒焼惣本家鳥屋市兵衛本舗の二軒が隣合せに並んでいて、ど・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・ と、きくと、「――薬屋をしているんです」「――へえ?」 驚いた顔へぐっと寄って来て、「――それもあんた、自家製の特効薬でしてね。わたしが調整してるんですよ」「――そいつア、また。……ものによっては、一服寄進にあずか・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・新宿で降りて、それから薬屋に走った。そこで催眠剤の大箱を一個買い、それからほかの薬屋に行って別種の催眠剤を一箱買った。かず枝を店の外に待たせて置いて、嘉七は笑いながらその薬品を買い求めたので、別段、薬屋にあやしまれることはなかった。さいごに・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・その犬の蚤を発見した夜、ただちに家内をして牛肉の大片を買いに走らせ、私は、薬屋に行きある種の薬品を少量、買い求めた。これで用意はできた。家内は少なからず興奮していた。私たち鬼夫婦は、その夜、鳩首して小声で相談した。 翌る朝、四時に私は起・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・のちには、その気の弱い町医者に無理矢理、証明書を書かせて、町の薬屋から直接に薬品を購入した。気が附くと、私は陰惨な中毒患者になっていた。たちまち、金につまった。私は、その頃、毎月九十円の生活費を、長兄から貰っていた。それ以上の臨時の入費に就・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・それだろう、ということになり、あの人は薬屋に行き、チュウブにはいった白いべとべとした薬を買って来て、それを、だまって私のからだに、指で、すり込むようにして塗ってくれました。すっと、からだが涼しく、少し気持も軽くなり、「うつらないものかし・・・ 太宰治 「皮膚と心」
出典:青空文庫