・・・とある町の小さな薬屋の店へ這入った。店には頭の禿げた肥った主人が居て、B君と二言三言話すと、私の方を見て、何か云ったがそれはオランダ語で私には分らなかった。 店のすぐ次の間に案内された。そこは細長い部屋で、やはり食堂兼応接間のようなもの・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・となったことを誌した中に、「木薬屋呉服屋の若い者に長崎の様子を尋ね」という文句がある。「竜の子」を二十両で買ったとか「火喰鳥の卵」を小判一枚で買ったとかいう話や、色々の輸入品の棚ざらえなどに関する資料を西鶴が蒐集した方法が、この簡単な文句の・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・伯母に貰った本で火薬の製法を知り、薬屋でその材料を求めて製造にかかっているところを見付かって没収された話もある。 一八五二年すなわち十歳のとき学校へ入るために Eton に行ったが、疱瘡に罹りまた百日咳に煩わされたりした。それで Wim・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
・・・その中でも殊に灯のあかるいせいでもあるか、薬屋の店が幾軒もあるように思われた。 忽ち電車線路の踏切があって、それを越すと、車掌が、「劇場前」と呼ぶので、わたくしは燈火や彩旗の見える片方を見返ると、絵看板の間に向嶋劇場という金文字が輝いて・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・これをもって町の薬屋から買っておいでなさい。硫安と同じ位に薄めて使うんです。」農民二「はあ、こいづ持ってて薬買って薄めで掛けるのだなす。」爾薩待「そうです。」農民二「なんぼお礼上げだらいがべす。」爾薩待「診察料は一円です。そ・・・ 宮沢賢治 「植物医師」
・・・その旅人と云っても、馬を扱う人の外は、薬屋か林務官、化石を探す学生、測量師など、ほんの僅かなものでした。 今年も、もう空に、透き徹った秋の粉が一面散り渡るようになりました。 雲がちぎれ、風が吹き、夏の休みももう明日だけです。 達・・・ 宮沢賢治 「種山ヶ原」
・・・十瓶だって二十瓶だって引き受けると町の薬屋でも云ってくるからな。」「そうだ。」ファゼーロが云いました。「ここの下へたいた煙を、となりの酒をつくったむろに通して、あすこでハムをつくるといいな。」「それはサートもそう云ってるよ。とに・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・家主がマルクス一家のシーツからハンカチーフ迄差押え、子供のおもちゃから着物まで差押えたときくと、あわてた薬屋、パン屋、肉屋、牛乳屋が勘定書を持って押かけて来た。その支払いのためには残らずのベッドが売られなければならなかった。二三百人もの彌次・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・ 今まで通って居た便所に消毒薬を撒いたり、薬屋に□□(錠の薄める分量をきいたりしてざわざわ落つきのない夜が更けると、宮部の熱は九度一分にあがってしまった。 台所では二つの氷嚢に入れる氷をかく音が妙に淋しく響き主夫婦は、額をつき合わせ・・・ 宮本百合子 「黒馬車」
出典:青空文庫