・・・ 不意に橋の上に味方の騎兵が顕れた。藍色の軍服や、赤い筋や、鎗の穂先が煌々と、一隊挙って五十騎ばかり。隊前には黒髯を怒らした一士官が逸物に跨って進み行く。残らず橋を渡るや否や、士官は馬上ながら急に後を捻向いて、大声に「駈足イ!」・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・濃い藍色に煙りあがったこの季節の空は、そのとき、見れば見るほどただ闇としか私には感覚できなかったのである。 梶井基次郎 「蒼穹」
・・・幾個かの皿すでに洗いおわりて傍らに重ね、今しも洗う大皿は特に心を用うるさまに見ゆるは雪白なるに藍色の縁とりし品なり。青年が落とせし楓の葉、流れて少女の手もと近く漂いゆくを、少女見てしばし流れ去るを打ちまもりしが急に手を伸ばして摘まみ、皿にの・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・薄藍色の着物が血で、どす黒くなった。血は、いつまでたっても止まらなかった。 血は、老人がはねまわる、原動力だ。その原動力が、刻々に、体外へ流出した。 彼は、抜き捨てられた菜ッ葉のように、凋れ、へすばってしまいだした。 彼は最後の・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ 老人は、暫らく執拗な眼つきで、二人をじろ/\見つめていた。藍色の帽子をかむっている若者が、何か口をさしはさんだ。「ネポニマーユ」吉田は繰返した。「ネポニマーユ。」 その語調は知らず/\哀願するようになってきた。 老人は若者・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・そのうちに、紅と藍色とのまじったものを基調の色素にして瑠璃にも行けば柿色にも薄むらさきにも行き、その極は白にも行くような花の顔がほのかに見えて来る。物数寄な家族のもののあつまりのことで、花の風情を人の姿に見立て、あるものには大音羽屋、あるも・・・ 島崎藤村 「秋草」
・・・濃い藍色の絹のマントをシックに羽織っている。この画は伊太利亜で描いたもので、肩からかけて居る金鎖はマントワ侯の贈り物だという。」またいう、「彼の作品は常に作後の喝采を目標として、病弱の五体に鞭うつ彼の虚栄心の結晶であった。」そうであろう。堂・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・そうしてまたみんな申し合わせたように眉毛をきれいに剃り落としてそのあとに藍色の影がただよっていた。まだ二十歳にも足らないような女で眉を落とし歯を染めているのも決して珍しくはなかった。そうしてそれが子供の自分の目にも不思議になまめかしく映じた・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・谷をおおう黒ずんだ青空にはおりおり白雲が通り過ぎるが、それはただあちこちの峰に藍色の影を引いて通るばかりである。咽喉がかわいて堪え難い。道ばたの田の縁に小みぞが流れているが、金気を帯びた水の面は青い皮を張って鈍い光を照り返してい・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・市営の車は藍色、京成は黄いろく塗ってある。案内の女車掌も各一人ずつ、腕にしるしを付けて、路端に立ち、雷門の方から車が来るたびたびその行く方角をきいろい声で知らせている。 或夜、まだ暮れてから間もない時分であった。わたくしは案内の女に教え・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
出典:青空文庫