・・・私はそんなところには一種の嗅覚でも持っているかのように、堀割に沿った娼家の家並みのなかへ出てしまった。藻草を纒ったような船夫達が何人も群れて、白く化粧した女を調戯いながら、よろよろと歩いていた。私は二度ほど同じ道を廻り、そして最後に一軒の家・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・とうとう袂の底には、からからの藻草の切れと小砂とが残ったばかりである。 ふたたび白帆を見る。藤さんのはいつまでも一つところにいる。遠くの分はもう亡くなっている。そして、近く岸の薄のはずれにこちらへ帰る帆がまた一つある。どこから帰ったのか・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・暗緑色に濁った濤は砂浜を洗うて打ち上がった藻草をもみ砕こうとする。夥しく上がった海月が五色の真砂の上に光っているのは美しい。 寛げた寝衣の胸に吹き入るしぶきに身顫いをしてふと台場の方を見ると、波打際にしゃがんでいる人影が潮霧の中にぼんや・・・ 寺田寅彦 「嵐」
出典:青空文庫