・・・ 彼等は、この広い天地に、曾て、自分を虐遇したとはいえ、少年時代を其処に送った郷土程、懐かしいものを漂浪の間に見出さなかった事である。少年時代とその周囲即ち自然にも、人間にも特別のものがなくてはならぬ。こゝに童話文学の発生がある所以だ。・・・ 小川未明 「彼等流浪す」
・・・父は相変らず源三を愛しているに関らず、この叔父の後妻はどういうものか源三を窘めること非常なので、源三はついに甲府へ逃げて奉公しようと、山奥の児童にも似合わない賢いことを考え出して、既にかつて堪えられぬ虐遇を被った時、夢中になって走り出したの・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・魯迅は「そこの家の虐遇に堪えかねて間もなく作人をそこに残して自分だけ杭州の生家へ帰った」そして、病父のためにえらい辛酸を経験した。 作人はその間に、魯迅と一緒にあずけられた家から祖父の妾の家へ移って、勉学のかたわら獄舎の祖父の面会に行っ・・・ 宮本百合子 「兄と弟」
出典:青空文庫