・・・長兄は、謂わば立派な人格者なのであって、胸には高潔の理想の火が燃えて、愛情も深く、そこに何の駈引も打算も無いのであるから、どうも物語を虚構する事に於いては不得手なのである。遠慮無く申せば、物語は、下手くそである。何を書いても、すぐ論文のよう・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
最初の創作集は「晩年」でした。昭和十一年に、砂子屋書房から出ました。初版は、五百部ぐらいだったでしょうか。はっきり覚えていません。その次が「虚構の彷徨」で新潮社。それから、版画荘文庫の「二十世紀旗手」これは絶版になったよう・・・ 太宰治 「私の著作集」
・・・夫が不実をしたのなんのと云う気の毒な一条は全然虚構であるかも知れない。そうでないにしても、夫がそんな事をしているのは、疾うから知っていて、別になんとも思わなかったかも知れない。そのうち突然自分が今に四十になると云うことに気が附いて、あんな常・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・どんな虚構、どんな作為のファンタジーにしても、それが文学として実在し、読者の心に実在感をもってうけいれられるためには、力をつくして、そのファンタジーや、ディフォーメーションにそのものとしての現実性を与えることに努力しているのである。〔一・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・偶然によってではなくて、はっきりした考えをもって、芸術の虚構の効果をあげている。 宗達の作品もいろいろであろうが、この作品のように清明で、精気こもった動的な美しさは、心から私たちをよろこばすものの一つだと思う。人間の艷、仕事の艷というも・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
・・・インフレーションやアルバイトときりはなして、今日のわたしたちの学習生活が存在しないとおり、もし、今日の若い人々が経済事情をけとばしたような抽象的な学生生活を語るなら、その虚構の観念性を、誰よりも先ず若い人たち自身が軽蔑するであろう。 先・・・ 宮本百合子 「生きつつある自意識」
・・・母親の愛の感情が拡大され得る場合について考えても、これは私たちにとって決して虚構な希望ではないのである。 パストゥールの努力を描いた「科学者の道」という映画が今日なお私たちに与えている深い感銘も、この点にふれているからこそのことであろう・・・ 宮本百合子 「科学の精神を」
・・・ 嘘偽でかためた報道、虚構の現実ばかりを知らされ、今日はそれが虚構であった、ということだけを又手おくれに知らされて経済破局に面している日本の人々が、己れの幻滅につながるものとして、この真実のよりどころを殺戮されて還って来た兵士の精神の苦・・・ 宮本百合子 「逆立ちの公・私」
・・・「文学の虚構の真実」にしろ、「芸術至上主義の現代的悲劇」にしろ、「現代の創作方法論」にしろ、いずれもそれが云える。 文学において、創作の方法というものは、何とまざまざとその作家の社会的で芸術的な生きかた全幅を示すものであろうかということ・・・ 宮本百合子 「作家に語りかける言葉」
・・・川口検事が立って、検察側はだんじて拷問、人権蹂躙を行っていない。虚構誇大、事実をまげて検事裁判官、裁判所を誹謗し、演説会で宣伝する。これは侮辱、名誉毀損、恐喝、恐迫等の犯罪を構成する。適当な機会に断固たる処置をとりたい。数十名の弁護人ならび・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
出典:青空文庫