・・・生来の虚飾家、エラがり屋で百姓よりも町人よりも武家格式の長袖を志ざし、伊藤八兵衛のお庇で水府の士族の株を買って得意になって武家を気取っていた。が、幕府が瓦解し時勢が一変し、順風に帆を揚げたような伊藤の運勢が下り坂に向ったのを看取すると、天性・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・緑雨は口先きばかりでなくて真実困っていたらしいが、こんな馬鹿げた虚飾を張るに骨を折っていた。緑雨と一緒に歩いた事も度々あったが、緑雨は何時でもリュウとした黒紋付で跡から俥がお伴をして来るという勢いだから、精々が米琉の羽織に鉄欄の眼鏡の風采頗・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・ が、清廉を看板にし売物にする結果が貧乏をミエにする奇妙な虚飾があった。無論、沼南は金持ではなかった。が、その社会的位置に相応する堂々たる生活をしていたので、濁富でないまでも清貧を任ずるには余りブールジョア過ぎていた。それにもかかわらず・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ もし、人々がすべてかくのごとく、自から耕し、自から織り、それによって生活すべく信条づけられていたなら、そして、虚栄から、虚飾から、また不正の欲望から生ずる一切のものを排除することができたなら、彼等は、搾取されることもなく、また、搾取す・・・ 小川未明 「単純化は唯一の武器だ」
・・・孤行高しとすることこそ、芸術家の面目でなければならぬ、衆俗に妥協し、資本力の前に膝を屈した徒の如きは、表面いかに、真摯を装うことありとも、冷徹たる批評眼の前に、真相を曝らし、虚飾を剥がれずには置かれぬだろう。 一時の世評によって、其等の・・・ 小川未明 「ラスキンの言葉」
・・・そしてまた、虚飾と嘘の一つもない陳述はどんな私小説もこれほどの告白を敢てしたことはかつてあるまいと、思われるくらいであった。 本当に文学のようであった。が、この記録を一篇の小説にたとえるとすれば、そのヤマは彼女が石田の料亭の住込仲居にな・・・ 織田作之助 「世相」
・・・お手紙に依れば、君は無学で、そうして大変つまらない作家だそうですが、そんな、見え透いた虚飾の言は、やめていただく。君が無学で、下手な作家なら、井原は学者で、上手な作家という事になるようですが、そんな、人を無意味に困惑させるような言葉は、聞き・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・殊にも、おのが貴族の血統を、何くわぬ顔して一こと書き加えていたという事実に就いては、全くもって、女子小人の虚飾。さもしい真似をして呉れたものである。けれども、その夜あんなに私をくやしがらせて、ついに声たてて泣かせてしまったものは、これら乱雑・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・差し上げまいかとも思ったのですが、一遍書いたものは、もう僕と異ったものですから、虚飾にみちた自家広告も愛嬌だと思い、続けて自己嫌悪を連ねようと考えたのですが、シェストフで、誤魔化して置きます。御免なさい。さて、現在のぼくの生活ですが、会社は・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・これが本当の生きかただ。虚飾も世辞もなく、そうしてひとり誇りを高くして生きている。こんな生きかたが、いいなあと思いました。けれども私には、どうする事も出来ません。そのうちに主人が私に絵をかく事をすすめて、私は主人を信じていますので、中泉さん・・・ 太宰治 「水仙」
出典:青空文庫