・・・………… × × ×編輯者 それは蛇足です。折角の読者の感興をぶち壊すようなものじゃありませんか? この小品が雑誌に載るのだったら、是非とも末段だけは削って貰います。小説家・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・必ず、最後に、何か一言、蛇足を加える。「けれども、だね、君たちは、一つ重要な点を、語り落している。それは、その博士の、容貌についてである。」たいしたことでもなかった。「物語には容貌が、重大である。容貌を語ることに依って、その主人公に肉体感を・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・』となっているのでありますが、その間に私の下手な蛇足を挿入すると、またこの「女の決闘」という小説も、全く別な廿世紀の生々しさが出るのではないかと思い、実に大まかな通俗の言葉ばかり大胆に採用して、書いてみたわけであります。廿世紀の写実とは、あ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・前句の説明に堕していて、くどい。蛇足的な説明である。たとえば、こんなものだ。 古池や蛙とびこむ水の音 音の聞えてなほ静かなり これ程ひどくもないけれども、とにかく蛇足的註釈に過ぎないという点では同罪である。御師匠も、ま・・・ 太宰治 「天狗」
・・・以下はその座談筆記の全文であって、ところどころの括弧の中の文章は、私の蛇足にも似た説明である事は前回のとおりだ。 なに、むずかしい事はありません。つまらぬ知識に迷わされるからいけない。女は、うぶ。この他には何も要らない。田舎でよく見・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・ さて、これで物語は、どうやら五日目に、長兄の道徳講義という何だか蛇足に近いものに依って一応は完結した様子である。きょうは、正月の五日である。次男の風邪も、なおっていた。昼すこし過ぎに、長兄は書斎から意気揚々と出て来て、「さあ、完成・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・そうしてせっかく新たに入れたものにはどうも蛇足が多いようである。たとえば、最後の幕で、教授が昔なつかしい教壇の闇に立ってのあのことさらな独白などは全くないほうがいい。また映画ではここでびっこの小使いが現われ、それがびっこをひくので手にさげた・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・この方面に関しては私ははなはだ不案内であるが上述の所説の行きがかり上少しばかり蛇足を加えることを許されたい。 日本人の精神生活 単調で荒涼な砂漠の国には一神教が生まれると言った人があった。日本のような多彩にして変幻き・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・插入という制約によって規定された従来普通の意味での俳句あるいは発句のいわゆる歴史的の起原沿革については、たぶんそういう方面に詳しい専門家が別項で述べ尽くされることと思うから、ここで自分などが素人くさい蛇足を添える必要はないであろう。しかし自・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・と車掌が地方訛りで蛇足を加えた。 真直な往来の両側には、意気な格子戸、板塀つづき、磨がらすの軒燈さてはまた霜よけした松の枝越し、二階の欄干に黄八丈に手拭地の浴衣をかさねた褞袍を干した家もある。行書で太く書いた「鳥」「蒲焼」なぞの行燈があ・・・ 永井荷風 「深川の唄」
出典:青空文庫