・・・その中に鉄煙管の吸口に純金の口金の付いたのがあって、その金の部分だけが螺旋で取り外ずしの出来るようになっていた。羅宇屋に盗まれる恐れがあるので外ずして渡す趣向になっていたものらしい。子供心に何だかそれが少しぎごちなく思われた。そのせいでもな・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・ 薄暗い螺旋形の狭い階段を上って行く。壁には一面のらく書きがしてある。たいてい見物人の名前らしい。登りつめて中段の回廊へ出る。少し霧がかかってはいるが、サンデニからボアのほうまでも見渡される。鐘楼の下の扉が開いて女が顔を出した。そして塔・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・ 南側から入って螺旋状の階段を上るとここに有名な武器陳列場がある。時々手を入れるものと見えて皆ぴかぴか光っている。日本におったとき歴史や小説で御目にかかるだけでいっこう要領を得なかったものが一々明瞭になるのははなはだ嬉しい。しかし嬉しい・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・ そのときはもうまっ先の烏の大尉は、四へんほど空で螺旋を巻いてしまって雲の鼻っ端まで行って、そこからこんどはまっ直ぐに向うの杜に進むところでした。 二十九隻の巡洋艦、二十五隻の砲艦が、だんだんだんだん飛びあがりました。おしまいの二隻・・・ 宮沢賢治 「烏の北斗七星」
・・・教師はバケツの中のものを、ズック管の端の漏斗に移して、それから変な螺旋を使い食物を豚の胃に送る。豚はいくら呑むまいとしても、どうしても咽喉で負けてしまい、その練ったものが胃の中に、入ってだんだん腹が重くなる。これが強制肥育だった。 豚の・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・作者としての見とおしはあるものの、あらわれたところでは長篇の肉体そのものの螺旋形上昇とともに、その内側で社会主義リアリズムものびて来る、ということにならないわけには行かなかった。わたしにおいて社会主義リアリズムは、作品をつくる方法として、作・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・そういうわけで、田端の駅は、その高台からまるで燈台の螺旋階段のように急な三折ほどの坂道で、ダダダダと駈けおりたところに在った。その急な小径の崖も赭土で、ここは笹ばかりが茂っていた。穴蔵の中に下りてゆくように夏その坂道は涼しかった。そして、冬・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・ ブルジョア経済機構が、何んとしても取り除けない矛盾を内部に持っているために、ブルジョア文化は螺旋状に低下する許りだ。 誤謬を誤謬として認識し得ないブルジョア・イデオロギーに対してプロレタリアの世界観はブルジョア・イデオロギーに科学・・・ 宮本百合子 「ブルジョア作家のファッショ化に就て」
・・・そして、これは人類がその中で出口なしに廻転しているところの円周ではなくて、そこでは各々の後から来る円周が先行する円周よりも広汎であるところの螺旋である。吾々の世紀は十六世紀に対して、後から来る諸世紀がどういう点において十九世紀の野蛮性を見る・・・ 宮本百合子 「ベリンスキーの眼力」
出典:青空文庫