・・・大抵のイズムはこの点において、実生活上の行為を直接に支配するために作られたる指南車というよりは、吾人の知識欲を充たすための統一函である。文章ではなくって字引である。 同時に多くのイズムは、零砕の類例が、比較的緻密な頭脳に濾過されて凝結し・・・ 夏目漱石 「イズムの功過」
・・・純粋事実というものでなければならない。純粋行為というも、既に二次的である。かかる実在が明にせられるには、否、かかる実在が自己自身を明にするのは、絶対否定的自覚によるのほかはない。そこに哲学は宗教に通ずるものがあるのである。大疑の下に大悟あり・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・そうすれば、今の私のヒロイックな、人道的な行為と理性とは、一度に脆く切って落されるだろう、私は恐れた。恥じた。 ――俺はこの女に対して性慾的などんな些細な興奮だって惹き起されていないんだ。そんな事を考える丈けでも間違ってるんだ。それは見・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・心持ちは第一義に居ても、人間の行為は第二義になって現われるんだから、ま、文学でも仕方がないと云うように、価値が定まって来るんじゃないかと思う。 一寸親子の愛情に譬えて見れば、自分の児は他所の児より賢くて行儀が可いと云う心持ちは、濁って垢・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・ある一派の倫理学者の如く行為の結果を以て善悪の標準とする者はお七を大悪人とも呼ぶであろう。この、無垢清浄、玉のようなお七を大悪人と呼ぶ馬鹿もあるであろう。けれどお七の心の中には賢もなく愚もなく善もなく悪もなく人間もなく世間もなく天地万象もな・・・ 正岡子規 「恋」
・・・五種浄肉となづけてあまり残忍なる行為によらずして得たる動物の肉はこれを食することを許したのである。今日のビジテリアンは実に印度の古の聖者たちよりも食物のある点に就て厳格である。されどこれ畢竟不具である畸形である、食物のみ厳格なるも釈迦の制定・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・あの日の命令者は、人類の平和にたいする罪悪的命令者であったということを、彼らの有罪訴因として読みあげられた十数年間にわたる彼らの行為のかずかずからあらためてこころにうちこまれた。 人類にたいして犯された侵略的な謀議の罪はさばかれた。けれ・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・ヘルマン・バアルが旧い文芸の覗い処としている、急劇で、豊富で、変化のある行為の緊張なんというものと、差別はないではないか。そんなものの上に限って成り立つというのが、木村には分からないのである。 木村はさ程自信の強い男でもないが、その分か・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・人間が行動するとき、子のあるものと子のないものとの行為や精神には、非常な相違がある。この平凡な確実なことは、子のないときには理解ができても洞察の度合においてはるかに深度が違ってくる。この深度は作家の作品に影響しないはずがない。宇野浩二氏の『・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・私はある思想に拠って行為を非難する事があります。そうして時には自分の行為もまた同じように非難せられなければならない事を忘れています。 ある時私は友人と話している内に、だんだん他の人の悪口を言い出した事がありました。対象になったのは道徳的・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫