・・・深夜、人っ子ひとり通らぬ街路を、吹雪だけが轟々の音を立て白く渦巻き荒れ狂い、私は肩をすぼめ、からだを斜めにして停車場へ急いだ。青森駅前の屋台店で、支那そば一ぱい食べたきりで、そのまま私は上野行の汽車に乗り、ふるさとの誰とも逢わず、まっすぐに・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・これがある時は石畳みの街路の上に、ある時は岩山の険路の上にまたある時は砂漠の熱砂の上に、それぞれに異なる音色をもって響くのである。 これらの音につれてスクリーンに現われる映像は、ただの殺風景な兵隊の行列である。これがその場面場面でいろい・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・観客はその夢幻郷の蝴蝶になって観客席の空間を飛翔してどことも知らぬ街路の上に浮かび出るのである。 せんたく屋の場面では物干し場の綱につるしたせんたく物のシャツやパジャマが女を相手に踊るという趣向がある。少しふざけ過ぎたようであまり愉快な・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・ 新東京の街路や河岸に立って、ありとあらゆる異種の要素の細かい切片の入り乱れた光景を見るときに、私は自然に日本帝国の地質図を思い出す。いろいろの時代のいろいろの火成岩や水成岩が実に細かいきれぎれになってつづれの錦を織り出している。この事・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・死に物狂いの大晦日の露店の引き上げた跡の街路には、紙くずやら藁くずやら、あらゆるくずという限りのくず物がやけくそに一面に散らばって、それがおりからのからび切った木枯らしにほこり臭い渦を巻いては、ところどころの風陰に寄りかたまって、ふるえおの・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・何事もすべて小器用にやすやすとし遂げられているこの商工業の都会では、精神的には衰退しつつあるのでなければ幸いだというような気がした。街路は整頓され、洋風の建築は起こされ、郊外は四方に発展して、いたるところの山裾と海辺に、瀟洒な別荘や住宅が新・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・池の端仲町の池に臨んだ裏通も亦柳の並木の一株も残らず燬かれてしまった後、池と道路との間に在った溝渠は埋められて、新に広い街路が開通せられた。この溝渠には曾て月見橋とか雪見橋とか呼ばれた小さな橋が幾条もかけられていたのであるが、それ等旧時の光・・・ 永井荷風 「上野」
・・・しかし当初この煉瓦造を経営した建築者の理想は家並みの高さを一致させた上に、家ごとの軒の半円形と円柱との列によって、丁度リボリの街路を見るように、美しいアルカアドの眺めを作らせるつもりであったに違いない。二、三十年前の風流才子は南国風なあの石・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・ 大正二年革命の起ってより、支那人は清朝二百年の風俗を改めて、われわれと同じように欧米のものを採用してしまったので、今日の上海には三十余年のむかし、わたくしが目撃したような色彩の美は、最早や街路の上には存在していないのかも知れない。・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・それは全く、私の知らない何所かの美しい町であった。街路は清潔に掃除されて、鋪石がしっとりと露に濡れていた。どの商店も小綺麗にさっぱりして、磨いた硝子の飾窓には、様々の珍しい商品が並んでいた。珈琲店の軒には花樹が茂り、町に日蔭のある情趣を添え・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
出典:青空文庫