・・・吾家の母さんが与惣次さんところへ招ばれて行った帰路のところへちょうどおまえが衝突ったので、すぐに見つけられて止められたのだが、後で母様のお話にあ、いくら下りだって甲府までは十里近くもある路を、夜にかかって食物の準備も無いのに、足ごしらえも無・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・何故螺線的運動をするかというに、世界は元来、なんでも力の順逆で成立ッているのだから、東へ向いて進む力と、西に向て進む力、又は上向と下向、というようにいつでも二力の衝突があるが、その二力の衝突調和という事は是非直線的では出来ないものに極ッてる・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・また事実において、しばしば矛盾もし、衝突もした。しかし、この矛盾・衝突は、ただ四囲の境遇のためによぎなくせられ、もしくは養成せられたので、その本来の性質ではない。いな、彼らは、完全に一致・合同しうべきもの、させねばならぬものである。動物の群・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 此二者は古来氷炭相容れざる者の如くに考えられて居た、又た事実に於て屡ば矛盾もし衝突もした、然し此矛盾・衝突は唯だ四囲の境遇の為めに余儀なくせられ、若くば養成せられたので、其本来の性質ではない、否な彼等は完全に一致・合同し得べき者、させ・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・先生は、昨年の春、同じ学部の若い教授と意見の衝突があって、忍ぶべからざる侮辱を受けたとかの理由を以て大学の講壇から去り、いまは牛込の御自宅で、それこそ晴耕雨読とでもいうべき悠々自適の生活をなさっているのだ。私は頗る不勉強な大学生ではあったが・・・ 太宰治 「佳日」
・・・そのとき、彼等の船が此の山脈へ衝突した。突きあたった跡がいまでも残っている。山脈のまんなかごろのこんもりした小山の中腹にそれがある。約一畝歩ぐらいの赤土の崖がそれなのであった。 小山は馬禿山と呼ばれている。ふもとの村から崖を眺めるとはし・・・ 太宰治 「魚服記」
・・・バスが発車してまもなく横合いからはげしく何物かが衝突したと思うと同時に車体が傾いて危うく倒れそうになって止まった。西洋人のおおぜい乗った自用車らしいのが十字路を横から飛び出してわれわれのバスの後部にぶつかったのであった。この西洋人の車は一方・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・これは自然なものと不自然なものとの衝突から生じる破綻である。要するにわれわれが人形の声を知らぬことがこの秘密のかぎであるのではないか。 これに似たことは映画の発声漫画においてしばしば発見されるかと思う。たとえば黒い線だけで描いた漫画の犬・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・――話は要領を得ずにすんでしまったが、私にはやッぱり構造、譬えば波瀾、衝突から起る因果とか、この因果と、あの因果の関係とか云うものが第一番に眼につくんです。ところがそれがあんまり善くできていないじゃありませんか。あるものは私の理性を愚弄する・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・りと思いたまえ、しかるに出られべき一方口が突然塞ったと思いたまえ、すなわち横ぎりにかかる塗炭に右の方より不都合なる一輛の荷車が御免よとも何とも云わず傲然として我前を通ったのさ、今までの態度を維持すれば衝突するばかりだろう、余の主義として衝突・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
出典:青空文庫