・・・外から入ると、トンネルのように長く真暗に思える省内の廊下に面した一つのドアをあけると、内部をかくすように大きい衝立が立っている。その衝立をまわって、多勢の係員のいるところから、また一つドアがあって、その中に課長が一人でいた。デスクにむかい、・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
・・・黒い木の大門が立っている。衝立のある正面の大玄関、敷つめた大粒な砂利。細い竹で仕切った枯れた花壇の傍の小使部屋では、黒い法被を着、白い緒の草履を穿いた男が、背中を丸めて何かしている。奥の方の、古臭いボンボン時計。――私は、通りすがりに一寸見・・・ 宮本百合子 「思い出すかずかず」
・・・というのでついて行くと、又妙な階子段をのぼって、行けそうにもない衝立のすき間のようなところを抜けて、今度は石敷の大階段のある広いところへ出ました。そのガランとした廊下にテーブルを出して二人の巡査の見張っているところで傍聴券を貰いました。何に・・・ 宮本百合子 「共産党公判を傍聴して」
・・・羽織袴、多分まだ両刀を挾した男達が、驚くべく顴骨の高い眦の怒った顔で小さく右往左往している処に一つ衝立があり、木の卓子に向って読書している者、板敷の床を二階に昇ろうとする者の後姿などが雑然と一目で見える絵だ。 古い草紙につきものの乾いた・・・ 宮本百合子 「蠹魚」
・・・には茶色の木の塀と、幾枚かの木の衝立があっただけだった。登場人物は白と黒との統一であった。「森」の舞台には、ひとすじの思い切って長く美しい線をもった木橋と、小っぽけな木にペンキを塗った門とブリキ茶罐。バラン、バランとひどい音を立てて鳴らされ・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・水色の、角のそげた小さい衝立が立っていた。しかしそこで御馳走になったのは一遍きりで、いつの間にか時がすぎ、あとで思い出したときその店はもう無くなっていた。 茶料理で有名であり、河童忌や大観の落書きで知られた天然自笑軒が出来たのは、大正の・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・私共は本能的な人なつかしさで、彼が椅子の背を掴んで腰かけるのや、テーブルの下で長い脚を交互に動かしたりするのを眺めた。衝立の陰から、前菜の皿を持って給仕が現れた。辞儀をする。腸詰やハムなどの皿を出す。若いアメリカ人はそれを一瞥したが、フォー・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・でも部屋が非常にひろくて、衝立や大椅子やピアノで仕切られてあるから、外からは見えない。私には階段をのぼるのが困難である。」 マリア・バシュキルツェフの日記はここで終っている。マリアはこの日から十一日後、一八八四年十月三十一日に二十四歳の・・・ 宮本百合子 「マリア・バシュキルツェフの日記」
出典:青空文庫