・・・ と見ると、藤紫に白茶の帯して、白綾の衣紋を襲ねた、黒髪の艶かなるに、鼈甲の中指ばかり、ずぶりと通した気高き簾中。立花は品位に打たれて思わず頭が下ったのである。 ものの情深く優しき声して、「待遠かったでしょうね。」 一言あた・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ お民はそのまま、すらりと敷居へ、後手を弱腰に、引っかけの端をぎゅうと撫で、軽く衣紋を合わせながら、後姿の襟清く、振返って入ったあと、欄干の前なる障子を閉めた。「ここが開いていちゃ寒いでしょう。」「何だかぞくぞくするようね、悪い・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・ 犬張子が横に寝て、起上り小法師のころりと坐った、縁台に、はりもの板を斜めにして、添乳の衣紋も繕わず、姉さんかぶりを軽くして、襷がけの二の腕あたり、日ざしに惜気なけれども、都育ちの白やかに、紅絹の切をぴたぴたと、指を反らした手の捌き、波・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・――紅地金襴のさげ帯して、紫の袖長く、衣紋に優しく引合わせたまえる、手かさねの両の袖口に、塗骨の扇つつましく持添えて、床板の朽目の青芒に、裳の紅うすく燃えつつ、すらすらと莟なす白い素足で渡って。――神か、あらずや、人か、巫女か。「――そ・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ と、肩に斜なその紫包を、胸でといた端もきれいに、片手で捧げた肱に靡いて、衣紋も褄も整然とした。「絵ですか、……誰の絵なんです。」「あら、御存じない?……あなた、鴾先生のじゃありませんか。」「ええ、鴾君が、いつね、その絵を。・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ とひねこびれた声を出し、頤をしゃくって衣紋を造る。その身動きに、鼬の香を芬とさせて、ひょこひょこと行く足取が蜘蛛の巣を渡るようで、大天窓の頸窪に、附木ほどな腰板が、ちょこなんと見えたのを憶起す。 それが舞台へ懸る途端に、ふわふわと・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ と真白く細き手を動かし、かろうじて衣紋を少し寛げつつ、玉のごとき胸部を顕わし、「さ、殺されても痛かあない。ちっとも動きやしないから、だいじょうぶだよ。切ってもいい」 決然として言い放てる、辞色ともに動かすべからず。さすが高位の・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・ と勢よく框に踏懸け呼びたるに、答はなく、衣の気勢して、白き手をつき、肩のあたり、衣紋のあたり、乳のあたり、衝立の蔭に、つと立ちて、烏羽玉の髪のひまに、微笑みむかえし摩耶が顔。筧の音して、叢に、虫鳴く一ツ聞えしが、われは思わず身の毛よだ・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・ 乳も白々と、優しさと可懐しさが透通るように視えながら、衣の綾も衣紋の色も、黒髪も、宗吉の目の真暗になった時、肩に袖をば掛けられて、面を襟に伏せながら、忍び兼ねた胸を絞って、思わず、ほろほろと熱い涙。 お妾が次の室から、「切れま・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ 紫玉は我知らず衣紋が締った。……称えかたは相応わぬにもせよ、拙な山水画の裡の隠者めいた老人までが、確か自分を知っている。 心着けば、正面神棚の下には、我が姿、昨夜も扮した、劇中女主人公の王妃なる、玉の鳳凰のごときが掲げてあった。・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
出典:青空文庫