・・・ 表座敷の雨戸をがらがらあけながら、例のむずかしやの姉がどなるのである。省作は眠そうな目をむしゃくしゃさせながら、ひょこと頭を上げたがまたぐたり枕へつけてしまった。目はさめていると姉に思わせるために、頭を枕につけていながらも、口のうちで・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ 宵祭ではあり十三夜ではあるので、家中表座敷へ揃うた時、母も奥から起きてきた。母は一通り二人の余り遅かったことを咎めて深くは言わなかったけれど、常とは全く違っていた。何か思っているらしく、少しも打解けない。これまでは口には小言を言うても・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・奥の間、表座敷、玄間とも言わず、いっぱいの人で、それが一人一人にお辞儀をしてはむつかしい挨拶を交換している。 その混雑の間をくぐり、お辞儀の頭の上を踏み越さぬばかりに杯盤酒肴を座敷へはこぶ往来も見るからに忙しい。子供らは仲間がおおぜいで・・・ 寺田寅彦 「竜舌蘭」
・・・ にわかに人の出入の多くなった台所へ行って追いやられたり表座敷へ行って叱られたりして居るうちに、門の方にガヤガヤと人声が仕出すと、奥から出て来た母は其処いらをうろうろして居た私に、「其処へ入っておいで。 見ちゃあいけませんよ・・・ 宮本百合子 「追憶」
出典:青空文庫