・・・炉の前にチンと座った祖母の紋八二重の黒い被布姿がふだんより上品に見える。どうしても年よりは被布に限ると思って私は傍から見て居る。 おともさんは又、もうこの四日に掛ると云う春興行を見たがって居る。「貧亡(してても芝居は見たいものと・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・―― わたしたち姉弟が、紺絣の筒袖に小倉の小さい袴をはいた男の児と、リボンをお下げの前髪に結んでメリンスの元禄袖の被布をきた少女で、誠之に通っていたころ、学校はどこもかしこも木造で、毎日数百の子供たちの麻裏草履でかけまわられる廊下も階段・・・ 宮本百合子 「藤棚」
・・・ 黒い紋羽二重の被布に、同じような頭巾をかぶったはつ子は、小さい眼を輝やかせて自分の恋愛談をした。「私のその青年との恋愛は、清田によって満されなかった美の感情がその人に向って迸ったとでも云いますか。――私自身始めっから、それは自覚し・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・おかっぱで、元禄の被布を着て、うめは器量の悪い娘ではなかったが、誰からも本当に可愛がられることのない娘であった。蒼白い顔色や、変にませた言葉づかいが、育たないうちにしなびた大人のような印象を与えた。年寄りの祖母に、遊び仲間もなく育てられてい・・・ 宮本百合子 「街」
出典:青空文庫