・・・ 硝子会社の社長のゲエルは悲しそうに頭を振りながら、裁判官のペップにこう言いました。しかしペップは何も言わずに金口の巻煙草に火をつけていました。すると今までひざまずいて、トックの創口などを調べていたチャックはいかにも医者らしい態度をした・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・だから蟹の弁護に立った、雄弁の名の高い某弁護士も、裁判官の同情を乞うよりほかに、策の出づるところを知らなかったらしい。その弁護士は気の毒そうに、蟹の泡を拭ってやりながら、「あきらめ給え」と云ったそうである。もっともこの「あきらめ給え」は、死・・・ 芥川竜之介 「猿蟹合戦」
・・・僕の叔父もまた裁判官だった雨谷に南画を学んでいた。しかし僕のなりたかったのはナポレオンの肖像だのライオンだのを描く洋画家だった。 僕が当時買い集めた西洋名画の写真版はいまだに何枚か残っている。僕は近ごろ何かのついでにそれらの写真版に目を・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・しかし裁判官達には、おれがなぜそんな事をしたか分からない。「襟だって価のある物品ではありませんか」と、裁判官も検事も云うのである。「あいつはわたくしを滅亡させたのです。わたくしの生涯を破壊したのです。あいつが最初電車から飛び下りて、・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・というのがあり、また「西鶴は検事でなければ、裁判官だ。しかも近松は往々弁護料を要求せざる、名誉弁護者の役目を、自ら進んで勤めている」というのがある。そうしていろいろの具体的の作品に関して西鶴近松両者の詳細な比較論がしてある。 この所説を・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・あるいは、お七は、裁判所で、裁判官より、言い遁れる言いようを教えてもろうたけれど、それには頓着せず、恋のために火をつけたと真直に白状してしもうたから、裁判官も仕方なしに放火罪に問うた、とも伝えて居る。あるいは想像の話かもしれぬが想像でも善く・・・ 正岡子規 「恋」
学者のアラムハラドはある年十一人の子を教えておりました。 みんな立派なうちの子どもらばかりでした。 王さまのすぐ下の裁判官の子もありましたし農商の大臣の子も居ました。また毎年じぶんの土地から十石の香油さえ穫る長者の・・・ 宮沢賢治 「学者アラムハラドの見た着物」
・・・ 相手が悪いものではないので幾分安心はした様なものの、こんなものまで自分について居てはやりきれないと云う様に、どうしてこいだけ借りたのだと根掘り葉掘り問いただした。 裁判官にきかれる様な気持になりながら栄蔵は、急に入用になった事業上・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・党員たちは裁判官の並んでいる下のところに幾側にも並んで腰をかけているのですがズックリと顔をこっち入って来る傍聴人の群の方へふり向け、或る人は互に合点き合って挨拶しているし、そうでない人も実に眼を張って入って来るものを眺めているのです。私は、・・・ 宮本百合子 「共産党公判を傍聴して」
・・・ 午前の人定尋問の時、立って「この公判は重大であるから公判の検事ならびに裁判長以下裁判官の名前をわからして頂きたい」と発言して、布施弁護士によってその要求を具体化した被告飯田七三、もと三鷹電車区検査係、同分会執行委員長は、午後の法廷でさ・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
出典:青空文庫