・・・元来それがしは、よせふと申して、えるされむに住む靴匠でござったが、当日は御主がぴらと殿の裁判を受けられるとすぐに、一家のものどもを戸口へ呼び集めて、勿体なくも、御主の御悩みを、笑い興じながら、見物したものでござる。」 記録の語る所による・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・しかも裁判を重ねた結果、主犯蟹は死刑になり、臼、蜂、卵等の共犯は無期徒刑の宣告を受けたのである。お伽噺のみしか知らない読者はこう云う彼等の運命に、怪訝の念を持つかも知れない。が、これは事実である。寸毫も疑いのない事実である。 蟹は蟹自身・・・ 芥川竜之介 「猿蟹合戦」
・・・そしてフレンチは、自分も裁判の時に、有罪の方に賛成した一人である、随って処刑に同意を表した一人であると思った。そう思うと、星を合せていられなくなって、フレンチの方で目をそらした。 短い沈黙を経過する。儀式は皆済む。もう刑の執行より外は残・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・……派出所だ裁判だと、何でも上沙汰にさえ持ち出せば、我に理があると、それ貴客、代官婆だけに思い込んでおりますのでございます。 その、大蒜屋敷の雁股へ掛かります、この街道、棒鼻の辻に、巌穴のような窪地に引っ込んで、石松という猟師が、小児だ・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・僕は裁判をしてこっちが羞恥を感じて赤面したが、女はシャアシャアしたもんで、平気でベラベラ白状した。職業的堕落婦人よりは一層厚顔だ。口の先では済まない事をした、申訳がありませんといったが、腹の底では何を思ってるか知れたもんじゃない。良心がまる・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ 今時の聖書研究は大抵は来世抜きの研究である、所謂現代人が嫌う者にして来世問題の如きはない、殊に来世に於ける神の裁判と聞ては彼等が忌み嫌って止まざる所である、故に彼等は聖書を解釈するに方て成るべく之れを倫理的に解釈せんとする、来世に関する聖・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・ しかし、二人では、この裁判はだめだ。だれか、たしかな証人がなくては、やはり、いい争いができて同じことだろう。」と、紡績工場の煙突はいいました。「それも、そうだ。」 こういって、二つの煙突が話し合っていることを、空のやさしい星は、す・・・ 小川未明 「ある夜の星たちの話」
・・・この意味に於て、私は時が偉大な裁判者だと信ずるのである。 小川未明 「波の如く去来す」
・・・そして、お母さんの裁判を、不平そうな顔つきをして、うつむいて聞いていました。「田舎のおばあさんは、僕に、送ってくださったんでしょう。」と、政ちゃんが、いいました。「いいえ、みんなに送ってくださったのです。」「それみろ、政ちゃんは・・・ 小川未明 「政ちゃんと赤いりんご」
・・・しかしこれはむろん省かなくてはならぬ、なぜならば我々は農商務省の官衙が巍峨として聳えていたり、鉄管事件の裁判があったりする八百八街によって昔の面影を想像することができない。それに僕が近ごろ知合いになったドイツ婦人の評に、東京は「新しい都」と・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
出典:青空文庫