・・・ そんな風に、お前の行状は世間の眼にあまるくらいだったから、成金根性への嫉みも手伝って、やがて「川那子メジシンの裏面を曝露する」などという記事が、新聞に掲載されだした。 勿論、大新聞は年に何万円かの広告料を貰っている手前、そんな記事・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・あんたも社会の表面の綺麗ごとばかし見ずに、ああいう男の話を聴いて、裏面も書いて見たらいい小説が生れるがなア」「ふーん。そりゃ惜しいことをしたね」自分の細君に客を取らせているあの男は、嫉妬というものをどんな風に解決しているのかと、ふと好奇・・・ 織田作之助 「世相」
・・・少年の談の中には裏面に何か存していることが明白に知られた。 そうかい。そしてまた今日はどうして此処へ来たのだい。 だってせっかく釣って帰っても、今小父さんの言った通りにネ、昨日は、こんな鮒なんか不味くて仕様がない、も少し気の利いた魚・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・他の連中の書くものに比べて、虚子のものには、それが表面上は単なる写生的のものでも、その裏面に何かしら夢幻的の雰囲気が漂っているような気がした。四方太氏の刻明な写生文などに比べて特にそんな気がするのであった。 近頃の『ホトトギス』で虚子の・・・ 寺田寅彦 「高浜さんと私」
・・・そういう六かしい問題は別として、現在日本の画界における両つの分派の作品を対照した時に感ずるあるデリケートな差別の裏面には、両派の画家の本来の素質のみならず、画家の日常生活における精神的栄養の摂取し方の差違が隠れているのではないかと疑われる。・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・ 市電争議の原因はなかなか複雑で到底科学者などにはわからないような事がらがいろいろ裏面に伏在しているには相違ないであろうが、しかしたくさんな原因の一つとしては、市電が経済的に不利な経営法を行ないきたったという事実もあるであろう、そうして・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・わたくしが人より教えられざるに、夙く学生のころから『帰去来の賦』を誦し、また『楚辞』をよまむことを冀ったのは、明治時代の裏面を流れていた或思潮の為すところであろう。栗本鋤雲が、門巷蕭条夜色悲 〔門巷は蕭条として夜色悲しく声在月前・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・僅一行の数字の裏面に、僅か二位の得点の背景に殆どありのままには繰返しがたき、多くの時と事と人間と、その人間の努力と悲喜と成敗とが潜んでいる。 従ってイズムは既に経過せる事実を土台として成立するものである。過去を総束するものである。経験の・・・ 夏目漱石 「イズムの功過」
・・・吾々もお互に義務は尽さなければならんものと始終思い、また義務を尽した後は大変心持が好いのであるが、深くその裏面に立ち入って内省して見ると、願くはこの義務の束縛を免かれて早く自由になりたい、人から強いられてやむをえずする仕事はできるだけ分量を・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・がつまり外からして観察をして相手を離れてその形をきめるだけで内部へ入り込んでその裏面の活動からして自から出る形式を捉え得ないという事になるのです。 これに反して自から活動しているものはその活動の形式が明かに自分の頭に纏って出て来ないかも・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
出典:青空文庫